黒き魔物にくちづけを
頭の部分にだけ灰色の毛が混ざったこの子は、群れの中でもエレノアによく懐いていた。ラザレスが寝込んでいる時に見舞いに来てくれたのだが、その時に脚を怪我していることに気付いて手当をしてあげたのだ。『グラウ』という名は頭の毛の色からつけたのだが、呼ぶと反応してくれるからちゃんと自分のことだとわかっているらしい。
最近は、こうして一人で森へ訪れるとどこからともなく現れて着いてきてくれる。まだカゲの動きには不審なところがあるようだから、守ってくれるつもりなのかもしれない。
森で何が起こっているのか、実の所エレノアは詳しいことをあまり知らなかった。理由はもちろんラザレスが話してくれないからで、ビルドからぽつぽつ聞き出したことくらいしか情報がない。とりあえず、カゲはまだこれまでにない動きを続けていて、その妙なカゲは街の方向にかけて多くいるらしい。エレノアが今歩いているのはそれとは反対方向なので大丈夫だろうと思っているのだが、これまでカゲの姿を目にすることはあっても襲われるようなことはなかった。
「……本当はあまりうろつくべきじゃないってこと、わかってるのよ」
グラウの毛並みを撫でながら、弁解のようにエレノアは呟く。
「もし何か起こったら、迷惑がかかるのはあの人だもの。……でも、家にいてどうすればいいのか分からないのだもの。……はあ、だめね」
溜め息混じりにそう言うと、されるがままになっているグラウは困ったように「ウー」と唸る。それが何となく「そんなことない」と言っているような気がして、都合の良い解釈だとは思いつつ、エレノアは元気づけられた気がした。
「……ありがとう、グラウ」
撫でるのを中断して、狼の首に手を伸ばして抱きしめる。硬い毛並みから伝わるのはエレノアよりも高い体温だ。それが誰かさんのことを思い出させて、胸がぎゅっと痛んだ。