黒き魔物にくちづけを
「……あんなに、あからさまに避けなくたって良いじゃない」
その体勢のまま、ぽつりと本音がこぼれた。
なんとなくむしゃくしゃしてきた彼女は、そのまま黒い毛に手を突っ込んでわしゃわしゃと掻きまぜる。グラウは困ったように「クゥーン」と鳴いたが、されるがままになっていた。
「何考えてるのかさっぱりわからないのよ。言えるはずの言葉じゃないとか意味わからないわよ。理由をしっかり説明してほしいものだわ。その後で避けるなり出てけって言うなりすればいいじゃないの。第一避けるならもっと上手くやってほしいわ。ほんっと下手くそなのよね。寝てないのバレバレなんだからちゃんと寝なさいよ。また倒れたらどうすんのよ」
グラウの毛並みを撫でながら、エレノアは胸のうちに溜め込んだ不満をつらつらの並べていく。いつの間にか心配なのだと言っているようだと気付いて、少し恥ずかしくなった。
「……はあああ……」
長々と、溜息をつく。それから思い直して、グラウの毛並みを整えるべく手つきを丁寧なものに変えた。
「……ごめんなさい、八つ当たりしちゃって」
さすがに申し訳なくなって謝ると、グラウは言葉がわかっているのかいないのか、気にしてないよと言うように「ワン」と鳴いた。その素直な様子は誰かさんとは対照的で、エレノアはふっと笑みをこぼした。
「グラウは、良い子ね」
そう言って、優しい狼の頭をそっと撫でた時だった。
ごうっと、冷たい風が不吉なほど大きく吹き抜ける。巻き上げられた雪がはらはらと舞い上がり、それが地面に落ちるか落ちないかという瞬間。
──バン!
雪で覆われた静かな森には似合わない、ひどく乱暴で乾いた音が響き渡った。