黒き魔物にくちづけを
「っ!?」
エレノアははっと息を呑む。隣にいたグラウは既に耳をぴんと立てていた。
(銃声!?)
この聞き覚えのある音に、心当たりは一つしかなかった。嫌な予感に腰を上げながら、彼女は必死に頭を働かせて考える。
(また人間がやって来たの……!?この前の人たちと同じかしら?また、ラザレスを狙って来たの?)
武装した男達とラザレスが戦ったことは、まだ記憶に新しかった。一度追い返しているとはいえ、ラザレスは魔物の姿を彼らの前に晒している。存在を確認した人間たちが、体勢を整えて今度こそとやって来たという可能性はかなり濃厚だった。
彼らの狙いは、恐らくラザレスだ。だったらエレノアは、どうすれば良いのだろう。
(ラザレスに知らせて……でも、そんなことをしたらあの人を闘わせることになってしまうわ。かと言って、私では追い返すことは出来ないし……)
と、悶々と考えそうになったところで、彼女はぶんぶんと頭を振って思考を追い払った。ここで悩んでいるうちにも彼らは進んできている。迷っている暇なんてなかった。
「……見つからないように迂回しつつ、屋敷に戻りましょう」
グラウに、そして自分自身に向かって、彼女は宣言した。森のことを判断するのはエレノアではなく、森の魔物の頭領たる彼なのだから、とにもかくにも戻ろうという判断だ。
(音がした方向は屋敷の方ではなかった。ということはあそこが襲われているわけではないわね。距離は、音を聞く限りではそう離れてなさそうだから……)
耳を澄ませて辺りを伺いながら、エレノアは逃げるべき方向を決める。そちらに足を向けると、賢い狼は彼女に一方後ろを付いてきた。
なるべく息をひそめ、音をたてないように気をつけながら真白な雪道を進む。