黒き魔物にくちづけを
けれど──追いかけっこは、長くは続かない。
「いたぞ!あれだ!」
荒々しい声が響くと同時に、バン!という重い銃声が、すぐ近くで鳴り渡った。刹那、エレノアのすぐ横の雪が、勢いよく弾け散る。
「──っ!」
すぐそこに、いる。彼女は息を呑んで、ゆっくりと振り向いた。
そこ──10メートルほど後方には、やはり武装した人間達がいた。人数は、前回よりも少し多いくらいだろうか。
けれど、彼女がそう認識したのと同時。
振り向いたエレノアの姿を目にした彼らは、一様に表情を変えた。それも不思議なことに──【恐怖】の表情に。
「……っ?」
予想外の反応に、彼女は戸惑った。だって、エレノアは人間だ。鱗と翼をもつ獣でもなければ、人の言葉を話す巨大なカラスでもない。魔物では、ないのだ。恐れる理由なんて──。
「……【魔女】だ」
その思考に答えるかのように、人の群れの中の、誰かが呟いた。
「そうだ、【魔女】だ……」
「間違いない……」
「俺たちに不幸をもたらす、【魔女】だ……!」
口々に、そんな言葉が飛ぶ。言葉だけじゃない。彼女に矢のごとく突き刺さるのは、恐れと憎しみの詰まった視線だった。
──『この街の人にとって、不吉の象徴は黒ではないんです。……【魔女】、なんです』
──『魔女とその手下の魔物が森に住んでいる、という噂が広がっているらしいです』
街でセレステがしてくれた話が、脳裏に蘇る。森に住む人間の女であるから、魔女。そう、判断するということは。
(つまり、この人たちは、あの街の人──!?)
彼女ははっと息を呑む。彼らが、あの街の人たちなのかと──今自分が、あの街の人にこのような視線を向けられているのかと思うと、心が大きくざわめいた。
「私は、……っ!?」
魔女じゃない、そう訴えようとした彼女の言葉を遮るように、一発の銃声が響いた。