黒き魔物にくちづけを
発砲者の動揺からか、狙いを大きく外した弾丸は、彼女とグラウのいる場所から遠く離れた場所の雪を散らす。その音に肝が冷える思いをしながら、彼女ははっと息を呑んだ。
(……駄目。言葉なんて、通じないわ)
魔女ではない、と訴えたところで、それは無駄だと悟る。だって彼らには、エレノアが【魔女】であるようにしか見えていないのだから。
ぐ、と唇を噛むと同時、群れの先頭にいるリーダーらしき男が、慌てたように声をあげた。
「早まるな!まだ裁判にかけていない!魔女だと確かめるうちに殺すのは教えに反するぞ!」
静かな森に荒々しく響いたその声は、その場の緊迫した空気にひびを入れた。今まさに引き金を引かんとしたいた数名の男が、はっとしたような顔で手を離す。
(裁判……?)
思わぬ言葉に、彼女は眉を寄せた。わけがわからないけれど、男達はその言葉に、何かを思い出したらしい。
彼らの間に、迷うような空気が流れる。どうやら、次に何をするのか決めかねているらしい。
どういうことだかは、わからない。けれどともかく、今エレノアを殺すのは、彼らにとってまずいようだと、悟る。
それならば──今、逃げるしかないだろう。
(大人しく生け捕りになんて、されるわけないじゃない……!)
エレノアは脚を叱咤して、地面を強く蹴った。とにかく身を隠せる何かを求めて、木々や植物が生い茂る方へと駆けた。
「魔女が逃げるぞ……!」
走り始めると、すぐに男の声が飛ぶ。慌てたように追いかけ始める気配がしたけれど、振り返りはしなかった。
相手は自分を殺すつもりではない。生かそうと思っているのなら、その攻撃は手加減したものになるとエレノアはわかっていた。だったら、逃げ切れる可能性はゼロではない。