黒き魔物にくちづけを

「待て!魔女!」

ひどく攻撃的な怒号が、後ろから飛んでくる。バン、バンと何発か銃声が響いたが、ただでさえ動きながら、しかも殺してはいけないと思いながら撃たれた弾はいずれも全く関係の無い場所へ当たっていた。

(どうしましょう、どこか、撒けそうな場所……)

エレノアは走りながら必死に考え、エレノアは、ふと近くを流れる川の存在を思い出す。確か連日の寒さで表面には氷が張っていて、狼がその上を渡るのを見た記憶がある。

(そうだわ、あの川……!まだ氷は薄そうだったけれど、私一人くらいなら、乗っても割れなさそうよね。でもあの人たちが全員乗ったら確実にもたない……と思うわ)

つまり、エレノアが渡りきれた氷の橋は、彼らの重みに耐えきれずに割れるということだ。凍れるほど冷たい水の中に彼らを落とせば、確実に撒けるに違いない。エレノアは自分の閃きが、最上のもののように感じられた。

勿論、確証はどこにもなかった。エレノアが乗った瞬間割れたら彼女自身が川へと飛び込むことになるし、氷が予想外に厚くて彼らが難なく渡ってしまう可能性もなくはない。けれど今は、その案に縋るしかなかった。

やろう、と思いついた瞬間、エレノアはすぐに、川の方向である左へと曲がった。問題の川はほど近い。体力は切れかけているけれど、すぐに撒けるだろう──と、思ったその時だった。

「っ!」

突然、肩口に衝撃が走る。予想外のことに思わず足をよろめかせると、続いて腹、左足、こめかみにも、立て続けに何かが襲いかかった。

足元を見て、そして後ろを振り返って、彼女は衝撃を走らせたものの正体に気がつく。それは、拳の大きさほどの、割れ目の尖った石だった。

「止まれ!魔女!」

石を構えた男が、怒号を浴びせる。逃げる彼女を捕まえようと、奴らは当たっても死なない程度の攻撃を仕掛けてきたのだ。
< 163 / 239 >

この作品をシェア

pagetop