黒き魔物にくちづけを
「……私のことでうじうじしちゃだめよ。私は生贄にされたんじゃなくて、自分からなった物好きなんだから。知りたいことを知るために、森へ行くだけよ。だからそんな顔してちゃ駄目」
エレノアはそう言いながら、少女の背中を離れたところで待っているであろう青年の方へと押した。
「じゃあ、さっさと行きなさい。あまり顔を見られないようにね」
「……はい。あの、ありがとうございます。どうか、ご無事で」
「大丈夫よ。不吉な黒い目もってる割に今までしぶとく生きてたんだから、きっと何とかなるわ」
なるべく彼女が罪悪感を抱かずに済むように、とエレノアは笑顔を浮かべる。
セレステと青年は、何度も頭を下げる。いい加減町人が戻ってこないとも限らないとせかすと、ようやく馬上の人となった。
「それじゃ、お元気で」
「あなたもどうか、ご無事でいてください。この恩は忘れません」
「本当に、ありがとうございます」
最後までしつこいくらいにそう言って、馬は町を通らない狭い道を駆けて行った。
「……これで、良かったのよね」
ぽつりと、エレノアは呟いた。
さて、と小さく声を出して、エレノアは頭巾を目深に被った。鼻のあたりまですっぽりと隠れるので、声を出さなければ気付かれることもない。
そのまま鎖のついた荷台のもとへ戻ると、躊躇いなくその上へと乗って自らの手足に先程自分が外した鎖を付けていく。壊してはいないので、はめればカチャリと音を立ててしまった。いかにエレノアに鍵破りの技術があろうと、自らが戒められている状態ではそれも使えない。これで正真正銘、囚われの生贄となったわけだ。
「もう後戻りはできない、か」
自由を失った自らの身体を眺めやって、エレノアはぽつりと呟く。そうしてから、ふと猿轡を忘れたことに気付いたけれど、もはやどうにもならない。
「……まあ、なんとかなるわよね!」
騒がなければ問題ないだろう、と楽天的に考えることにして、彼女は儀式の時が来るのを待った。