黒き魔物にくちづけを
「セレステ、それと一緒に来たのはハウエルさんよね?どうして、こんなところまで……?」
「……エレノア、こいつらを知っているのか?」
彼女がそう問いかけると同時、呆然と事態を見守っていたラザレスがようやく我に返ったらしくそう訊ねてくる。エレノアは顎を引いた。
「ええ。よく買い物に行く街の知り合いよ」
「エレノアの知り合い……?だが、何故森に……」
彼女が肯定したことで、はじめの敵意こそなりをひそめたものの、ラザレスの警戒は解けていないようだった。油断なく彼女と、向こうにいるハウエルを観察している様子だ。
ラザレスほどではないにしろ、エレノアも彼らの突然の来訪に戸惑っていた。だから彼女は頷いて、セレステに訊ねた。
「……そうよ。心配してくれたのは嬉しいけれど、それくらいで、魔物がいる森へわざわざ来たの?」
何度か街へ行っている彼女は、森がどんな風に思われているのか嫌という程知っている。魔物退治のため徒党を組んで武装して訪れるならともかく、丸腰でやって来られる意味がわからなかった。何か裏があるのでは、とどうしても猜疑心が芽生えてしまうのだが。
「……ああ、森へ来ることなら、問題ないよ」
その問に答えたのは、彼女達が話しているうちに馬をとめてこちらへやって来たハウエルだ。
妻の隣まで来た彼は、人の良い笑みを浮かべながら頷いた。
何も問題は無い、という言葉にきょとんとする彼女達に、彼は言葉を続けた。
「恐ろしくなんてないよ。……この森は、【神の森】だからさ」
「……え?」
【神の森】──初めて聞く言葉に、その森で暮らす二人は、顔を見合わせたのだった。