黒き魔物にくちづけを
「薬の分野だけではなく、伝承や神話についても興味があるようで、色々調べていたみたいなんです」
セレステが小声でこっそり教えてくれる。敬虔な教徒、というわけではなくて、研究の対象として伝承や神話を調べているということか。さらりと言っているけれど、なかなか重大なことだ。彼は洗礼を受けた、教徒であるはずなのだから。
「……変わった奴だな……。まあ、そうでなければこんな場所まで来られないということなんだろうが」
女二人の会話を耳聡くとらえたラザレスは、少し呆れたように息をつく。エレノアはその言葉に内心で同意した。好き好んで森に暮らす彼女が言えたことではないのかもしれないのだけれど、彼は相当変わっている人間だ。
「とにかく、君に会えて嬉しいよ、魔物殿」
「……魔物殿……?」
にこにこ笑みを浮かべてラザレスに握手を求める自称研究者と、その妙な呼びかけに顔を引き攣らせている魔物の姿は対照的で、奇妙な光景だとエレノアは思った。
そうこうしているうちに、お茶の用意が出来た。エレノアがそれをテーブルに運んで二人の向かいの席に座ると、ハウエルはラザレスへの握手を諦めて自分の席に戻り、やはり座る気は無い様子のラザレスは彼女の背後に移動する。とりあえず会話を拒んだり今すぐに屋敷から追い出したり、というほどの警戒は解いたようだけれど、積極的に会話に参加することは無いという、彼なりの意思表示のようだった。
それなら、とエレノアは少し居住まいを正して口を開く。彼の聞きたいことと自分のそれは、多分、同じだ。
「……ええと、まずは、わざわざお土産までありがとう。あまりもてなすことも出来なくてごめんなさいね。それで、来てくれたのは嬉しいんだけど、どうして来たのか、どうやって来れたのかがやっぱり気になるわ……。あと、さっき言っていた【神の森】っていうのも気になるわ。尋問みたいになってしまって申し訳ないのだけど、教えてもらえる?」