黒き魔物にくちづけを
「けれど街に暮らす僕は生まれた時に洗礼を受け、聖帝教会に通わなければならなかった。教会の教えは、唯一神フィデルディを崇めよ、というものだろう?けれど僕は聖帝の他にも、森に住むという神の存在を知っていた。矛盾していることに、気付いていたんだ。……だからかもしれないね、こんなにも教会の教えに懐疑的になってしまったのは」
この国、いや、隣国やその向こうの国でも、聖帝教は国教だ。聖帝教会は国の至る所にあり、子供が産まれたら教会で洗礼を受けるのが通例だ。国民の大半が教徒であり、国を統治する王家はその聖帝の血を引く者だと言われている。もちろん田舎には、まだ独自の教えを信じている部族もいるらしいとは聞くものの、その数は減少傾向にあると聞く。
そんな教会の教えに、教徒でありながら懐疑的、というのは不敬にもほどがあることだ。けれど、彼の言っていることはわからなくもなかった。矛盾を知っているから、懐疑的になる──確かに、生まれた時から他の神の存在を聞かされていたのであれば、唯一神を崇める教えに多少なりとも疑問は抱くだろう。
話を聞くエレノア自身は、実は教徒ではなかった。生まれた時に洗礼を受けたことは、もしかしたらあるのかもしれないが、今の彼女には知る由もないことだ。それに、黒を不吉な色として恐れるのは、聖帝神話に出てくる悪魔の話がもととなっているとも聞く。その色をもつ彼女が、教会に出入りすることは出来なかったのだ。