黒き魔物にくちづけを
「僕は研究者だと言ったね。主な分野は薬についてなんだが、どうしても神についての好奇心を捨てられなくてね。研究者の性というのだろうか、曖昧なまま残しておきたくなかったんだ。それで、各地の古い信教についての文献を集めたり、今まで神や魔物が起こしたとされる事象について調べたりしているんだ。特にこの森は僕の故郷のようなものだし、街の人の目を盗んでこれまでにも何度か来ているよ。だから森へ来ること自体は恐ろしくも何ともないんだ。まあ、こんなに奥に来たのは初めてなんだけどね。……もっと早くここまで来ていれば、今頃色々調べられていたのかもしれないのか。それは惜しいことをしたなあ」
一つ目の質問──何故森へ来ることが出来たのか、に答えた彼は、そう言ってにこにこと微笑みながら説明したあと、本気で残念そうな顔をして言った。それを見たラザレスが、盛大に呆れたような顔をする。
「……言っておくが、エレノアの知り合いだから見逃しているだけで、お前ひとりだったらその場で追い返していたからな。俺がお前の研究とやらに付き合う義理はない」
『今頃色々調べられていた』などと言い出す自称研究者に釘をさすように、ラザレスが言う。けれど彼の反応は、ラザレスの思惑通りにはいかなかった。
「ええ?そうなの?……あ、でも、それはやっぱり魔物が無意識に人間から離れようとする習性に関係するのかな?だとしたら益々興味深いね。いくつかの文献に記録されているその習性の信憑性が増したわけだ」
「……は?」
割と本気で呆気にとられた声を、ラザレスがあげた。研究に付き合わないと言ったことが、全く意味をなしていない。
これ以上話させるとどんどん彼が好き勝手すると判断したエレノアは、話の舵を取り戻すべく声をあげた。
「え、ええと、ハウエルさん、ありがとう。あなたがこの森を魔物の巣窟と恐れていないことはよくわかったわ。それで、今日ここへ来た目的は?どうしてここがわかったの?」