黒き魔物にくちづけを
「……ああ、話してなかったね、ごめんごめん」
ふと我に返ったようにハウエルが言う。ラザレスの方に乗り出していた上半身が元に戻ったのを見て、彼がほっとしたように息をついたのをエレノアは見た。
「今日森へ来たのは、君たちに会えたら、という目的もあったけど、主なものは薬草をとるためだったんだ。この森には珍しい草が沢山生えているからね。それで帰り際に、偶然セレステが遠くにこの屋敷を見つけたんだ。もしかしたら君たちの家かもしれないとやって来たら、どんぴしゃだったってわけさ」
珍しい薬草、と言いながら彼は傍らに置いていた籠を指さす。中には確かに薬草らしき草花が入っていた。夫の言葉に同意するように、セレステも静かに頷いた。
「実は、街で噂になっているんです。森で魔女を見たって人がいたので……。もしかしてエレノアさんのことじゃないかと心配していたんです。今日、顔を見て無事を確認出来てほっとしました」
セレステが言う内容に、エレノアは思わず息をのんだ。街で噂になっているということは、やはりあの男たちは、エレノアが通っていた街の住人だということか。
予想はしていたけれど、本当にそうだったとは。内心の動揺を隠すようにして、彼女は頷いて見せた。
「……そうだったのね。いきさつはわかったわ。疑っているようなことを聞いてしまってごめんなさい。……それで、街の様子はどう?やっぱり魔女のことは噂になっているのかしら」
聞こうかどうか迷ったけれど、結局街のことについても訊ねることにした。エレノアが安易に街に出入りできなくなった今、貴重な情報源は彼らしかいないのだから。
彼女の問いに少女は少し迷うように視線を彷徨わせ、それから小さく頷いた。