黒き魔物にくちづけを

「魔女の噂は彼らが積極的に流しているようです。あと、同時にですが魔物についての噂にも少し変化がありました」

「……魔物の噂?聞かせて」

彼女は思わず話を促す。魔女の噂については大方予想通りで、彼女にとっては変化があったというそちらの方が重要だった。

セレステは、少し言いにくそうに視線をラザレスの方に向ける。それから、小さく息をついて口を開いた。

「はい……その、魔女の噂に関連してと言いますか……『人間を憎む魔女の使い魔である黒い獣が、人を襲って食らう』……と」

「……」

エレノアは、セレステが言いにくそうにした理由を察する。彼女とラザレスが隣に並んでいる様子は、魔女の傍らにいる黒い魔物という図式に、ぴったりと当てはまっていた。

大方、魔物化した彼がエレノアと共にいるところを見られたせいだろう。食ってはいないものの、追い返すために多少手荒な真似はしているのだから。

(魔女に使役される魔物……噂が、教会の神話に近付いているわね)

あまり歓迎できない状況だと、彼女は思った。根も葉もない噂の状態ならともかく、それが神話にのっとった内容であるなら、彼らの信仰心につけ込んで広まってしまうのではないだろうか。

「……人を襲うって食う魔物?そんなものがこの近くにいるのか?どこにだ?」

ラザレスだけは噂というものがいまいちどのようなものかわかっていないらしく、真面目な顔でそんなことを言っている。森の魔物の長としてすぐにでも現地に行くと言い出しかねない彼に、慌ててエレノアは口を開いた。

「ラザレス、その、噂だから、本当に魔物に人が食われたわけではないと思うわ。……そうよね?セレステ」

「え、ええ。街で森に行った人が行方不明になっているとか、そういうことはありません」
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