黒き魔物にくちづけを
自然と三組の目が彼に集まる。問うような視線を受けて、かの研究者は静かに口を開く。
「伝承や神話の研究をしていると言ったよね。その中で分かってきたものがあるんだ。どうやら君たちのような魔物という存在は、人間の恐れと切り離せない関係があるようなんだよ」
「……切り離せない関係?」
彼の言葉に、ラザレスは首を傾げている。人間を避けて暮らす彼にとっては、人々の恐れと密接な関係などと言われてもわけがわからないのだろう。
「魔物と神は『人々の心によって存在している』という点で似ている。両者の大きな違いは、神は『祈り』、魔物は『恐れ』に影響されやすいという点かな」
「ちょ、ちょっと待って。それはつまり、人の心が魔物や神を生み出しているということ?」
エレノアは思わず声をあげて尋ねた。エレノアは信徒ではない。けれども、彼の考えが教会の教えに反していることはわかった。教会では、神は人間と比べるべくもないほどに絶対だ。それなのにその神が人の心によって生まれたなどと言うのは、赦されないことなのではないのだろうか。
彼女の問いかけに、けれどハウエルは動じることなく頷いた。
「そういうことになるし、僕はそう思っているよ。もちろん、根拠だってある。例えば、神が人々の前に姿を現したというような伝説。こういうものは全国各地にあるものなのだけれど、そういうのは決まって信仰が盛んな時期、場所で起こるんだ。信じる者がはじめからいない場所に神は一度も降り立たないし、昔神がいた場所でも、人々の心が離れてくるともう降りては来なくなる。逆に、昔は神が降りなかった場所にも、移り住んだ人々が熱心な信者だと神が姿を現すこともある。この違いは何だと思う?人々の信じるという心の強さによって、神が姿を現す、つまりこの世界に存在することが出来るかどうかが決まるのだと考えるのが合理的だと思わないかい?」