黒き魔物にくちづけを
「…………」
エレノアはハウエルが語った内容を頭の中で反芻していた。人々の信じる力によって、神がこの世に存在出来るかどうかが決まる──そんなふうに考えたことは無かったけれど、言われてみると確かに、その解釈は自然なような気がした。
エレノアは少し考えた末、こくりと頷いた。ラザレスは何も言わないでいるが、納得していない様子ではない。二人を見て、ハウエルはにこりと微笑んだ。
「ありがとう、話を続けるよ。それで、魔物は特に人々の心の中でも特に恐れに影響を受けやすいんだ。受けた恐れを、鏡のように映すこともある。具体的な例を出すとすると、例えば人々がある魔物に対して『子供を攫うのではないか』という恐れを抱いたとする。その恐れが人々の間で浸透するにつれ、魔物は本当に子供を攫うようになる、ということだ」
「子供を攫う魔物がいるから恐れられるのではなく、恐れられたから魔物が子供を攫う、ということ……?」
普通は逆なのではないか、と思わずエレノアは尋ねる。ハウエルは、動じることなく頷いた。
「魔物が突然性質や姿形を変えることは、実はよくあることなんだ。ずっと黄色い体をしていた蛇の魔物が、ある時から黄色と黒のまだら模様になったりだとかね。そしてそういうのは大抵、人間の恐れに影響されていたりするんだ」
「突然性質や姿形が変わる……」
斜め後ろに立つラザレスが、ぽつりとそう呟いたのが聞こえた。何か心当たりがあるのだろうかと考えて、ふとエレノアはある会話を思い出した。
『そうだな……悪夢を見始めたのはこの辺りに住み始めてからだから五、六年前だな。ちょうど翼が生えてきたのもあの辺りだったな』
『待って、翼は、ずっと生えていたものではないの?』