黒き魔物にくちづけを
確か、雪が降った前日の夜中の事だったか。彼がさらりと告げたことに、エレノアは大層驚いたのだ。
「ラザレス、あなたの……翼」
「俺も同じことを考えていた。……これも、恐れによるものなのか?」
ラザレスとエレノアは、思わず顔を見合わせる。今までどうにも胡散臭かったハウエルの話が、突然現実味を帯びてきた。
「何か心当たりがあるのかい?良ければ、聞かせてくれないかな」
二人の様子を見たハウエルが、興味深げに尋ねてくる。ラザレスは彼女をもう一度見て、それから口を開いた。
「……俺がこのあたりに移ってきたのは六年ほど前なんだが、その頃あんたが言ったように突然変化が起きた。翼が生え、悪夢をみるようになったんだ」
「ほう、翼と悪夢か。このあたりに住むようになって……」
ハウエルは彼の言葉を聞くと、顎に手を当てて考え始めた。エレノアも彼の翼が突然生えたということは気になっていたので、同じように考えることにする。
もしハウエルの言うように、ラザレスの変化が人間の恐れと関係があるものだったら……。
(この辺りの地域で……翼……)
今まで考えたことは無かったけれど、もし、恐れが翼を生やさせたのだと考えると、心当たりはありすぎた。
「……『黒の森に住む、翼をもつ魔物』」
呟いたのは、エレノアではなくセレステだった。彼女と同じ町にずっと暮らしていたセレステは、下手したら彼女よりよほど、その言い伝えに馴染みがあるのだろう。
「前にいた町で、そう言われてましたよね。森には黒くて翼をもつ魔物がいるって」
「ええ、覚えているわ。翼をもつ魔物が、人々に不幸をもたらす、とか」
エレノアは頷いた。あの町での魔物への恐れは強大だった。人々は恐れのあまり、人間の生贄を捧げるほどだったのだから。その恐れが形となって、彼に翼を生やさせたのだと考えると、辻褄が合う。