黒き魔物にくちづけを

「……この辺りの地域で、人々が描く人ならざる存在のイメージには翼が生えていることが多い。実際僕の祖母が信仰していた宗教でも、鳥の姿をした精霊が出てきたらしい。君の翼は、この地域へ来たことで生えたのではないかい?」

二人の言葉を受けて、ハウエルがラザレスにそう訊ねる。彼は戸惑ったように答えた。

「この地域に来たから……?確かに、ここへ越してきて数日くらいで生えてきた記憶があるが……。だが、ここに移動したのはその時だが、その前からこの森では暮らしていたぞ」

「それは、森のどのあたりかい?少なくとも、ここよりも奥ではないかな?」

ハウエルは落ち着いた様子で聞き返す。ラザレスは言い当てられたことに驚いたように、頷いた。

「その通りだ。山のあたりで暮らしていた。……何で分かったんだ?」

思わずと言った様子で、ラザレスが訊ねている。一方のハウエルは少し満足そうな様子で、やっぱりねと頷き、それから口を開いた。

「これはあくまで僕の考えなんだけど、恐れが影響を及ぼす範囲が決まってるんじゃないかと思うんだ。いくら人々の恐れが強大でも、遠く離れた魔物には影響しない、ということだね。魔物に影響を及ぼす要素が『距離の近さ』と『恐れの強さ』で、両者の値が高ければ高いほど、影響も大きくなるんじゃないかと考えているんだ。ほら、この辺りは両方の条件が揃っているだろう?」

だから、姿が変わるほど影響したんじゃないかい?と男は続けた。

「なるほど。……一理あるかもな」

ラザレスは感心したように頷いている。いつの間にか、彼の瞳に宿っていた剣呑なまでのハウエルへの疑いが和らいでいることにエレノアは気付いた。言動からして怪しいから警戒しても無理はないが、思ったよりも辻褄の合うことを言うと思ったのだろう。
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