黒き魔物にくちづけを
ハウエルの問いに、ラザレスはぽかんとした反応を返す。答えを待たずに、彼はさらに説明を続けた。
「そもそも魔物、特に君のような大型の魔物は、なぜいつも人里から遠く離れた場所に暮らすのかについて考えてみたんだ。知能が高い魔物や低い魔物の別なく、ほとんどの魔物は人を避けるように山奥で暮らしている。人間に見つかったらまずいからかとも思ったのだけど、それだと人間をものともしないほど強い魔物や、そもそも人間が危険だと認識できるほどの知能もない魔物までそうしている説明がつかないだろう?僕は研究の末、一つの仮説をたてた。それが、『人間の暮らす場所から近いところでは、人間の心のエネルギーが何らかの作用を起こし、魔物にとって暮らしにくい場所となっているのではないか』と」
「えっと……?」
ハウエルの言った内容を、エレノアは頭の中で反芻させてどういうことか理解しようとする。つまり、人間の場所の近くにいる魔物には人の心影響が及ぼしてしまうため、魔物は自然と人間から遠く離れた場所でひっそり暮らすようになった……という、ことなのだろうか?
「何らかの作用、とは何だ」
エレノアより先に、そう訊ねたのはラザレスだ。彼は自分にも関わることだと思っているからだろうか、真面目な表情を浮かべていた。
「仮説段階だから、これはあくまで想像上に過ぎないのだけれど、怪我や痛みといった身体的なものというよりは精神的なものに近いんじゃないかなと考えている。人間の心からくるエネルギーだから、同じ場所に作用する方が自然だろう?そのことを踏まえて君の話を整理してみると、一つの説が浮かび上がる」
ハウエルはそこまで言うと、じっとラザレスを見つめる。そして、ゆっくり続きを口にした。
「君は言ったよね、この辺りに住むようになった頃、翼が生えたのと同時期に、悪夢を見るようになったと。翼がこの辺りの恐れの結晶として発現したのだとしたら、悪夢は何故見るようになったのだろう?……その、人間から近い場所に住むがゆえのことだと思えば、辻褄が合うように思うんだ」
「……!」