黒き魔物にくちづけを

他の供物も、台に乗せられたまま彼女の両脇に並ぶ。振り返らないとわからないけれど、村の者は少し離れたところで彼女達を取り囲むようにしているように違いない。

「それでは、儀式を始める」

町長の物々しい声で、それは始まった。



低く不気味な声で、まじないの呪文であろう言葉が響く。どこかで楽器を演奏している音も聴こえる。

辺りを満たす不気味な雰囲気に、背筋を何かが這い登っていくような心地を感じる。この空気が心底嫌いだと思った。信仰という純粋な狂気に満ちた、空気。

そうして、しばらく。唐突に、エレノアの右側に鎮座していた供物が、台車ごと、落とされた。

(やっぱり……!)

衝撃的な光景に彼女は目を見開く。大小さまざまな供物は、あんぐりと口を開けた闇に残らず呑み込まれた。耳を澄ますと、リヤカーが叩きつけられて壊れるような音が聞こえた。

(曲がりなりにも捧げる物ならもう少し丁寧に扱いなさいよ!)

自分の未来を目の当たりにした彼女は内心で憤るが、もちろん聞く者はいない。

すぐに左側の供物も落とされて、同じように無残な音が聞こえてきた。

物を落とし終えると、曲や呪文はいっそう激しさを増した。儀式の終わりが近づいている、とエレノアは感じた。彼らは一層の恐れと願いをうたいあげてから、供物の主役──生贄を差し出すのだろう。

もう一度、足の下を覗き見る。広がる闇は、不安を煽るように深い。

(……落ちて、無事かしら)

一瞬そんなことを考えて、けれどエレノアはすぐにそれを追い出した。今更、そんなことを考えてどうする。どうせもう逃げ出せないんだ、腹をくくるしかない。

(どうせ、失っても大して惜しくない命だわ。死んだところで……)

そう思って、彼女はふと気がつく。──もしかしたら、自分は、死に場所を探していたのかもしれない、と。
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