黒き魔物にくちづけを
あれから、重苦しい静寂に耐えかねたらしいセレステが「……そう言えばこの紅茶、とても美味しいです。どのようにいれてるんですか?」と話題を逸らし、ひとまずそれにのることにしたエレノアが反応したことでとりとめのない話が始まっていたのだ。とは言っても会話をしているのはエレノアとセレステだけで、ラザレスは考え込むようにだんまりを決めてハウエルはその様子をじっと見つめていた。エレノアもずっと引っかかったままの状態で会話を続けているから、紅茶に森でとれた野苺をいれているという話をしていてもどうにも身が入らなかったのだが。
だから、窓の外を見てセレステがそう言った時、正直エレノアはほっとしていた。見ると、確かに太陽はとっくに西へ傾き始めている。馬があるとはいえ、ここから街へは少し時間がかかる。森では日が沈み始めると吹雪になることも多いので、出るのは早いほうがいい。
「そうね、そろそろ帰った方がいいわ。気をつけて帰って」
いそいそと帰りの支度を始めた二人に、彼女はそう声をかける。元々大した荷物もなかったので、準備はすぐに終わった。
「セレステ、お土産ありがとう。とても助かるわ。……ハウエルさんも、色々教えてくれてありがとう。少し考えることにする」
玄関まで見送りに行く途中、彼女は二人にそう言った。後半、少し声が固くなったけれど、無事に言えてほっとする。
事態にそう猶予がないことはわかっていたけれど、一朝一夕で答えの出る問題ではなかった。とりあえず今はまだ、すぐにでも避難した方がいい問題は起きていないのだから、とりあえず考える時間を設けようと思ったのだ。
(答えを先延ばしにしているだけ……よね)
今ここでエレノアも荷物をまとめて、彼らについてこの森を出ることだって出来る。本当ならそうした方がいいのかもしれない。……けれど、それはどうしてだか、選ぶことが出来なかった。