黒き魔物にくちづけを
◇証明の口付け
白い光が、細く長く差し込んでくる。
どこかで、近くで、鳥が鳴いている。
──朝だ。それも多分、とびっきり爽やかな。
微かな音や、瞼の向こうのまぶしさに朝を告げられて、エレノアの意識はゆっくりと浮上した。
まだ夜明け頃だから、少々寝足りない。それでも空気は、この朝が爽やかなものだと伝えていた。頬を撫でる風だって──と、考えたところで違和感がこみあげた。
頬を撫でる、風?
(──ん?)
おかしい。嫌がらせ防止もあって、窓を開け放して寝る習慣はないはずだ。だから風が吹き込んでくるなんてそんな……。
冷静になったことで、一気に意識がはっきりとする。とにかく身を起こそうと体をよじり、瞼を持ち上げ──彼女は、驚愕した。
「──え?」
彼女は、宙に浮いていた。
広がった視界には、地面。それは、少し離れたところにある、地面で。
おどろいてよじった身体は、しかし思い通りにはならなかった。両腕の自由がない。
なんでこんなことに、とにわかにパニックを起こしかけて、はっとする。そうだ、自分は昨夜生贄の少女と入れ替わったのだ。そして儀式のさなか、彼女は高台の頂点に立ち──突き落とされた。
あそこで意識を失ったのだけれど──察するに、どうやら背の高い木の枝にひっかかっているらしい。そう言えば体の節々が痛いと、今更のように自覚する。
きょろきょろしながら目を凝らすと、に少し離れたところに粉々になったリヤカーが見えた。どうやら地面に叩き付けられた衝撃でああなってしまったらしい。
もし自分がああなっていたら、ただでは済まなかっただろう。そう考えると、木の枝にひっかかったのはかなり幸運なことだ。擦り傷は沢山出来ているだろうけれど、とりあえず五体満足なんだから。
それにしても──とにかくここから、降りないと。