黒き魔物にくちづけを
*
ラザレスの意識は深く混濁していた。恐らくは傷のせいだろう。呼吸は荒く、全身には脂汗が浮かんでいる。
まじまじと彼の身体の傷を見下ろしたエレノアは、その傷の多さに息を呑んだ。
「ひどいわ……」
服を脱がせて見てみると、幾つもの傷があった。剣で切られた傷、銃創に火傷。中には折れた矢が刺さったままになっているところもある。
正直、目を背けたくなるような有様だった。彼はこんな状態で、帰ってきたと言うのか。
「……とにかく、やらなきゃ」
エレノアが怯んでいても始まらない。彼女は唇を噛んで、傷の手当に取り掛かる。
まず、刺さったままの矢を抜こうと手を伸ばす。力を込めると、傷口の痛みから彼は激しく暴れた。混濁状態とは思えないほどの力に一瞬飛ばされそうになるが、巨大化したビルドがラザレスを押さえてくれるのを手伝ってくれて、なんとか踏みとどまる。
「ごめんなさい、少し我慢して……!」
叫びながら、なんとかエレノアは矢を引き抜く。傷口から勢いよく、溢れた鮮血が散った。
「ゔ……っ」
ラザレスが大きく呻く。意識の戻っていないはずの身体が、ビルドに押さえられながらも暴れようとした。それほどまでの苦痛だと、ありありと伝わってくる。
「痛いわよね、ごめんなさい。治すにはこうするしかないの」
エレノアは必死に声をかけながら、手早く傷口に清潔な布を当て、強い力で押さえて止血する。彼の苦しげな声が、耳に痛かった。
(無事に帰ってきてって、言ったのに)
行く前に交わした会話を思い出して、その時は確かに元気だった彼の姿が脳裏によぎり──エレノアの瞳に涙が滲んだ。泣いたって仕方が無いのは分かっている。泣きたくて、泣いてるわけじゃない。