黒き魔物にくちづけを

網の目のように広がって身体をとらえる枝を見やり、エレノアはなんとか下へ降りようと足を動かす。けれどそのくらいでは、上半身を支える枝葉から逃れる事は出来ず。

後ろ手できつく結ばれた縄は、未だしっかりと彼女の自由を奪っている。枝に刺さって緩んでくれでもしたら良いものを、そう上手くは運んでくれなかったらしい。残念なことに縄抜けの技術をもっているわけでもない。縄抜けも覚えられるような仕事──そんなものがあるのかはさておき──に就いておけば良かったと、現実味のない後悔をした。

(この状態で綺麗に降りるには──いや、もうまどろっこしいわ。落ちちゃった方が楽よね、きっと)

彼女は一つ息をつく。それから、全身を使って身体をバタバタとよじった。枝が激しく揺れて不安定になろうとも、怯まずに続けた。

すぐに、ガサリと大きな音をたてて、右足が枝から外れた。重心が下へ移動した勢いで、そのまま腰から滑り落ちる。上手く落ちることができそう──と思った刹那、左足が枝にひっかかり、上半身が下へ向いた。

「えっ」

けれどどうすることも出来ず、そうこうしているうちにひっかかった左足も枝をすり抜け──彼女は、下向きに地面へと投げ出された。

草に覆われた地面に近付くまでが、やけにゆっくり感じられ──ぎゅっと瞼を閉じて首を丸めると、瞬間、肩口から地面に叩き付けられた。

右肩に、大きな衝撃が走った。

「いっ……たあ……」

数瞬遅れて、下半身も地面に落ちる。投げ出されたそのままの体勢で、彼女は低く呻いた。

縛られているから仕方の無いことではあるのだけれど、受け身すらとれなかったのは不覚だ。打ち付けた肩はじんじんと熱を帯びている。打撲とまではいかなくても、痣になってしまうだろう。
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