黒き魔物にくちづけを
「保証は出来ない……けれど、その薬以上に効くあてのある薬もない、ということね?」

迷う暇は、無かった。衝撃を受けて立ち竦むよりも、決断して進まなければならない。エレノアは、再び、その視線をもちあげた。

「うん、その通りだ。効くとしたらこれ以外に無いと思う。そもそも、魔物に人間の薬が効くのかという疑問は残るけど」

エレノアは頷く。その答えが聞ければ十分だった。

「分かったわ。それをありったけ包んで頂戴。お金はこれで足りるかしら」

そう言って彼女は懐からお金の入った袋を取り出す。それは彼女が森に来る前に溜めていた給金の、残りのすべてだった。

「……ありすぎるくらいだよ。ちょっと待ってくれるかい、計算するから」

「それはいらないわ。急いでいるから」

「だが……」

仕事の早いセレステの手でほぼ包み終わっている薬を見ながら、エレノアは端的にそう答える。とにもかくにも、ラザレスに早く薬を届けたい一心だった。

「では今度お会いした時に差額をお渡ししますから、それで良いですよね?」

すっかり包み終えた薬を手渡しながら、セレステは上手く話をまとめてくれる。エレノアはありがたく頷いて、彼女から薬を受け取った。

「分かったわ。……ありがとう、本当に助かるわ」

もう一度、心から感謝を告げる。二人は優しく微笑んでくれた。

薬を大切に懐に入れたエレノアは、店の外に出る間際、別れを告げるべくもう一度振り返る。フードを目深に被って顔を隠す彼女に、セレステが心配そうに告げた。

「どうか気をつけてお帰りください。最近、森への入り口は監視が厳しいから」

「そうだろうと思ったわ。気をつけて帰るわね。本当に、ありがとう」

最後にもう一度頭を下げて、エレノアは店の扉を押し開ける。少し話しているだけだったつもりだが、外は先程よりも薄暗くなっていた。

(少し急がないとかしら。カラスは夜目がきかないから)
< 232 / 239 >

この作品をシェア

pagetop