黒き魔物にくちづけを
「絶対、また来てくださいね」

外へ踏み出す彼女の背へと、セレステが声をかける。彼女は振り返って微笑んだ。

「ええ、きっと。それまで元気で」

少女が頷いたのを見て、エレノアは扉から手を離す。重い扉はゆっくりと、二人と彼女を分かつように閉じられた。

「……早く戻りましょう」

敢えて口に出してそう言うと、彼女はきっと前を見据えた。こうしている今だってきっと彼は苦しんでいる。早く戻らなくては。

一歩踏み出してしまえば、駆け出すまで時間は僅かだった。一度も振り返ることなく、彼女は街の入口まで駆けた。

(ビルドはどこかしら)

自然と、視線は空を向いて黒い鳥の影を探してしまう。街の中にはあまり近付かないように言っているのだからここから見えなくて当然なのだが、どうしても気が急いていた。

──だから、街の入口で突然背後から腕を掴まれて、彼女は跳び上がるほど驚いたのだ。

「止まれ」

威圧的に響く声と、遠慮のない力でぎりぎりと握られる腕。彼女が振り向くと、そこには数人の男がいた。

「……何でしょうか?」

嫌な予感を覚えつつそう訊ねるが、彼女が立ち止まっても腕は相変わらず掴まれたままだ。

「こんな時間に街を出てどこへ行くつもりだ?」

問われた意味が分からず、彼女は首を傾げる。何度か街へ来ているが、こんなことはもちろん初めてだった。

「……家へ帰るところです。隣町から来ましたから」

「嘘だ!」

叫んだのは、彼女の腕を掴む男とは別の、後ろにいる男だった。彼はエレノアを指さして、声高に告げる。

「お前が隣町への道ではなく、森から出てくるところを見たんだ!また森へ帰るつもりだろう!」

「……!」

彼女は思わず小さく息を呑んだ。まさか見られていたとは思わなかった。

『どうか気をつけてお帰りください。最近、森への入り口は監視が厳しいから』

先程告げられたセレステの言葉が蘇る。なるほど確かに、彼女の言ったことは確からしい。

(行きは急いでいて気付かなかったのね。私としたことが……)

「……確かにこの街へ入る前に森には寄りました。薬草を採るために寄らなければならなかったので」

咄嗟にそう嘘をつく。セレステ達がそうしていたのだから、その理由が通らないはずはないと思ったのだ。
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