黒き魔物にくちづけを
冷静に。これは言いがかりを付けられているだけだ。だから動揺を見せてはいけないと、彼女がフードの下で唇を噛み締めたその時。
「……さすが、『魔女』は口が上手い」
目の前の男から、再び高圧的な声が響いたその刹那、ぐいと強い力で彼女の頭を覆っていた布が剥ぎ取られる。
「あ……!」
咄嗟に目を見開いた彼女は、そのまま正面から男と向かい合ってしまった。そして、その憎々しげな視線を受けてはっとする。
(この人……森にいた人だわ)
その顔には見覚えがあった。エレノアを──『魔女』を森で追い、石を投げて彼女に傷を負わせた人間達の、先頭にいた男だった。
そして同時に、戦慄する。彼女が相手の顔に覚えがあるということは、相手も当然そうということで。
エレノアの顔を正面から見据えた男は、一層その顔に憎しみを漲らせて彼女の腕を握りしめる。あまりにも強い力に、そこはぎりぎりと痛みを訴えた。
「やっと見つけたぞ、魔女。まさか魔女の方から来てくれるとは思わなかったがな」
「ちがう、私は……」
魔女ではないと言いかけたところで、後ろにいた他の男達も彼女を拘束しようと手を伸ばしていることに気がつく。これは、どう考えてもまずかった。
はっと視線を上げると、薄暮れの空に一匹、闇色の鳥が飛んでいるのが見えた。遅れたからだろうか、ビルドが様子を見に来てくれたらしい。
咄嗟に思いついたのは、自分のことよりも傷ついたラザレスのことだった。だから彼女は、掴まれていない方の手を懐に突っ込んで先ほど貰った薬を取っていた。
「何をするつもりだ!」
「放して!」
今にももう片方の腕を掴もうとする男達に激しく身体をばたつかせて抵抗すると、彼女はそのまま薬を空に向かって放り投げた。
「ビルド!」
抵抗しながら放ったため狙い通りには飛ばなかったものの、名を呼ばれたカラスの魔物は落とすことなく受け取ってくれる。それを見てエレノアはほっと息をついた。
「貴様!」
「動くな魔女!」
次の瞬間には無数の腕に取り押さえられていたが、それでもエレノアは視線を空に向けて叫んだ。
「行って!」
「くそ、この……!」
旋回したカラスが森の方向へと飛んでいくのを確認し、ほっとしたその瞬間、後頭部に鈍い衝撃が走る。どうやら殴られたらしい。
視界に光が瞬いて、ぐらりと地面が揺れた。自分が地面に押さえられているとぼんやり気付いたのは土埃の味が口の中に広がった時。
「待て、殺すな!裁判が先だ!」
薄らぐ意識の中、初めの男の慌てたような声が聞こえたが、その意味を考える暇もなく意識は暗転した。
「……さすが、『魔女』は口が上手い」
目の前の男から、再び高圧的な声が響いたその刹那、ぐいと強い力で彼女の頭を覆っていた布が剥ぎ取られる。
「あ……!」
咄嗟に目を見開いた彼女は、そのまま正面から男と向かい合ってしまった。そして、その憎々しげな視線を受けてはっとする。
(この人……森にいた人だわ)
その顔には見覚えがあった。エレノアを──『魔女』を森で追い、石を投げて彼女に傷を負わせた人間達の、先頭にいた男だった。
そして同時に、戦慄する。彼女が相手の顔に覚えがあるということは、相手も当然そうということで。
エレノアの顔を正面から見据えた男は、一層その顔に憎しみを漲らせて彼女の腕を握りしめる。あまりにも強い力に、そこはぎりぎりと痛みを訴えた。
「やっと見つけたぞ、魔女。まさか魔女の方から来てくれるとは思わなかったがな」
「ちがう、私は……」
魔女ではないと言いかけたところで、後ろにいた他の男達も彼女を拘束しようと手を伸ばしていることに気がつく。これは、どう考えてもまずかった。
はっと視線を上げると、薄暮れの空に一匹、闇色の鳥が飛んでいるのが見えた。遅れたからだろうか、ビルドが様子を見に来てくれたらしい。
咄嗟に思いついたのは、自分のことよりも傷ついたラザレスのことだった。だから彼女は、掴まれていない方の手を懐に突っ込んで先ほど貰った薬を取っていた。
「何をするつもりだ!」
「放して!」
今にももう片方の腕を掴もうとする男達に激しく身体をばたつかせて抵抗すると、彼女はそのまま薬を空に向かって放り投げた。
「ビルド!」
抵抗しながら放ったため狙い通りには飛ばなかったものの、名を呼ばれたカラスの魔物は落とすことなく受け取ってくれる。それを見てエレノアはほっと息をついた。
「貴様!」
「動くな魔女!」
次の瞬間には無数の腕に取り押さえられていたが、それでもエレノアは視線を空に向けて叫んだ。
「行って!」
「くそ、この……!」
旋回したカラスが森の方向へと飛んでいくのを確認し、ほっとしたその瞬間、後頭部に鈍い衝撃が走る。どうやら殴られたらしい。
視界に光が瞬いて、ぐらりと地面が揺れた。自分が地面に押さえられているとぼんやり気付いたのは土埃の味が口の中に広がった時。
「待て、殺すな!裁判が先だ!」
薄らぐ意識の中、初めの男の慌てたような声が聞こえたが、その意味を考える暇もなく意識は暗転した。