黒き魔物にくちづけを
(何をするつもりなの……?)

視線だけを動かして司祭の後ろ姿を追うと、彼は部屋の奥に明かりを灯すところだった。小さな火が設置されている大きな蝋燭に移ると、その周りの様子が小さく浮かび上がる。

(ここ……教会……?)

ぼんやりとした明かりに照らされたのは、長い髪の男──聖帝教の唯一神だろう──の絵と、大きな十字架だった。司祭と呼ばれる男がいる時点で間違いない。エレノアを誘拐した男達は、教会に関連する組織だったのだ。

(何が聖職よ。婦女誘拐なんてやってること真っ黒じゃないの。……ああでも、そもそも聖書にある文言が魔女排斥の根拠になっているのだからそれも当然といえば当然かしら)

司祭は明かりを照らし終えると、その肖像に向かって膝をついた。

「我々の、そして貴方様の敵。魔女と思しき女を捕らえました。貴方様のためとは言え、聖域に魔女を入り込ませたことをお許しください」

跪いた司祭はよく通る声でその後も長々しい口上を述べ続ける。ずらりと居並んだ男たちが微動だにせずそれを見守り続ける光景は異様だった。エレノアもまた、ここで声をあげたり妨害するのは得策ではないと悟って成り行きを見守った。

話は神話上の魔女の存在から現在の街の窮状や住民に流れる恐れに及び、その間も誰一人として動かない時間が続く。そして司祭は最後に一際大きな声を上げながら大袈裟に言った。

「我が君、我が主、どうか魔女の本性を見極めるため、魔女の印を我々にも見える力をお授け下さい」

(……魔女の印?)
< 238 / 239 >

この作品をシェア

pagetop