黒き魔物にくちづけを
「な、なに……」
お前に用がある、と言いたげな様子に、エレノアの喉の奥から、少しうわずった声が出た。
観察されている──と彼女は思った。相手は鳥なのだから、冷静に考えれば違うはずなのだけれど、なぜか、そう思ったのだ。
彼女の目の前にそびえたつそれは、鳥にしてはあまりにも大きい。頭の先までの高さは、彼女の身長をも超えるほどだ。羽根の一本まで黒くそまったその姿は、よく知る不吉の鳥とそっくりなのだけれど、彼女はこれほど大きなカラスを見たことがなかった。
(……森の奥には、こんなに大きなカラスも住んでいるのね)
信じがたい、けれど、目の前にいる以上信じるしかない。無理矢理に納得して、彼女はカラスを正面から見据えた。
やはり黒い嘴が、ゆっくりと開く。
「──オマエ、ニンゲンか?」
辺りに、低いような高いような──表現するなら、だみ声、という言葉がしっくりくるような声が響き渡る。この近くに人の気配はないのだから、やはり発生源は目の前の鳥だろう。
カラスが、人の言葉を話している。
エレノアははっとする。確かこの森にいるのは、【黒い翼もつ魔物】ではなかったか。──目の前のこの鳥は、両方の条件を満たしている。
人間の言葉を話す、巨大なカラス。間違いなくただの動物ではない。では、これがそうなのか。
エレノアはまっすぐに姿勢を正すと、顎をしっかりと引いて頷いた。
「その通りよ。私は人間」
カラスはぱちりとまばたきをする。それから、首を傾げるような仕草をし──もう一度、嘴を開いた。
「ニンゲン……イケニエ?」
「そうよ。生贄。この森の魔物様に捧げられた、人間の生贄よ」
目をそらさないようにして、彼女はしっかりと肯定する。