黒き魔物にくちづけを
すると──カラスが、興奮したように、一鳴きした。
「イケニエ!イケニエ!かしらの、イケニエー!」
続いて、やはり興奮した声でそう叫び、なんとエレノアに向かって大きく嘴を開いた。
「えっ、ちょっと……!」
──食われる。
器用に首をかしげ、エレノアを挟まんとするように真横にぱっかりと開いた嘴を見て咄嗟に声をあげる。まだ、まだ食われては困る。まだ何も聞いていないのに──!けれどその叫びごと、嘴は彼女の胴体部分を挟み込んだ。
「ちょっと!人の話を聞きなさいよ!食べてもいいけどその前に──!」
このまま丸呑みされてたまるかと、大暴れしながら叫ぶ。けれど全く意に介さないというように、カラスはそのまま彼女の身体を持ち上げた。
足が、宙に浮く。頭が後ろに下がって、仰向けの体勢で持ち上げられる。硬い嘴が自重で食いこんで、少し、いやかなり痛い。
人の話を聞かない魔物らしいから、このまま喉の奥に流し込まれてしまうかもしれない、と絶望にも似た予感を抱く。けれどそれを裏切るように、彼女の身体に伝わったのは別の振動だった。
バサリ、と翼が空を掻く音がする。それに伴うように、下から突き上げるような衝撃が走る。
(え──?)
首を仰け反らせるようにして、辺りの景色を窺う。そして、ぎょっとした。
カラスは今まさに、飛びたんとしているところだった。
あんなに背を伸ばしていた木々の頂点がエレノアの目の高さにあり、次の瞬間には追い越して頭上に──いや、視界が上下逆になっているので、下へと置き去りにされていく。カラスが、木々よりも高く飛び始めたのだ。
(……どこかへ連れていかれてる?)
上下逆の青空を臨みながら、エレノアは考える。先ほど、このカラスは【かしらのイケニエ】と言っていなかったか。