黒き魔物にくちづけを
カラスはどうやらエレノアがもういないのだと思っていたらしい。彼女と魔物とを交互に見て、こてりと首を傾げた。
「ああ、お前か。気が変わったから、こいつを連れていくことにした」
「イケニエ?」
カラスはぱちりと瞬きをする。人間のようなその仕草のあと、興奮したように翼をはためかせ、大きな声で叫んだ。
「かしらがイケニエたべるー!!」
わん、と響くだみ声に、二人は揃って耳をふさいだ。その状態のまま、魔物は負けじと抗議の声をあげる。
「叫ぶな!あと違う!食うわけじゃない!」
「そうなの?」
思わず目を丸くして聞き返したのはカラスではなく、話題の生贄本人だ。思わぬところからあがった声に魔物はぎょっとして彼女を見やる。
「……お前はどうしてそんなに食われたがってるんだ?」
「別に食われたがってるわけじゃないけど、食われるものと思って来ているわけだし……」
「にしてもその抵抗の無さは問題だろう……」
動じることなく答えた彼女に、魔物は呆れたように息をつく。一方、カラスは二人の会話を聞きながらバサバサと翼を鳴らして主張する。
「イケニエ、くわないの?」
「食わん。曲がりなりにも自分と同じようななりしている奴の肉が食えるか」
「くわないなら、どうするの?ヤツザキ?」
疑問符を浮かべ、こてりと首を傾げながら、カラスはさらりと物騒なことを告げる。
「それもしない!連れ帰るだけだ」
「ツレ……?」
ぐりぐりと首をまわしながら、カラスは唸り声をあげて考え込む。どうやらカラスのなかで、生贄を食わない選択肢は一般的ではないらしい。
しかし、しばらく悩んでいたカラスが、唐突に何かを閃いたような表情を浮かべて羽ばたいた。
「……わかった!わかった!ツレ!ヨメ!イケニエ、ヨメになる!」
……そうして、ヨメ、ヨメと連呼し始めたのである。