黒き魔物にくちづけを
山が盛り上がるように、大きくなっていく。黒が、膨らんで存在感を増していく。けれどその変化の中心にいるのは、カラスではなかった。
魔物が──再び、姿を変えていた。
先程も見た光景が、逆回しとなって目の前を流れていく。目の前にあった銀の瞳が、段々と獣らしい鋭さを増していく。
最後にばさりと、大きな翼が翻り、彼は魔物の姿となって、彼女を見下ろしていた。
ウウ、と、魔物の姿の彼が唸った。何かに呼びかけているように聞こえたけれど、何と言っているのかはわからない。
「いーよー」
それに答えたのはカラスで、彼はそう言うと、おもむろにエレノアの背中を、二本の足でつかむ。
「えっ……!?」
突然のことに戸惑いの声をあげるが、カラスは気にした様子もなくそのままバサバサと飛ぶ。足の裏が完璧に浮かび上がって、落ちやしないかと不安がよぎった刹那、魔物の背中の上、ちょうど翼の付け根の間に置かれた。
「きょう、もう、おおきくなれない!だから、かえり、かしらがはこぶ!」
頭上のカラスを見上げて疑問の視線を投げた彼女に、使い魔はしっかり答えてくれた。どうやらカラスが大きくなれる回数は一日に限られているようだ。もう運べないカラスの代わりに、帰りは魔物がということらしい。
エレノアが乗ったことを確認すると、また、魔物が低く唸る。何を言っているかは、やはりわからなかった。
「しっかりつかまってろっていってるー」
「わかったわ、ありがとう」
通訳がわりのカラスと、気遣ってくれる魔物に礼を告げる。それから、言われた通りに彼の毛皮やら、翼の付け根に生えている突起やらを掴んだ。
魔物が、おおお、と鳴く。その声に、唐突に、彼女は小さな引っ掛かりを覚えた。
(あれ……この鳴き声、どこかで……?)
けれど、その違和感の正体を掴む前に、魔物は動き出す。森の奥──彼らの住居に向かって。
ばさり、と、翼がひるがえる。
黒は不吉な色──そのはずなのに、その黒い翼は、まるで彼らの未来を祝福するように、日の光を受けてきらきらと輝いた。