黒き魔物にくちづけを

◇神はもういない


足を踏み入れてみると、森の中は外から見ているよりも鬱蒼としていた。葉が太陽の光を覆い隠して地面まで届けないためか、とても暗く、そして肌寒く感じた。

昨日、森の入口からビルドに会うまで歩いたあたりは、少なくともこれほどただならぬ雰囲気ではなかった。ただ単に森の最奥部だから、なのか、それともここに住んでいるモノがそうさせているのか。

(……でも、嫌な感じはしないわね)

太い根があちこちに伸びていて、決して良いとは言い難い足場をエレノアは進む。暗い森は、けれど不思議と、恐ろしさを抱かせるような場所ではなかった。

そうして、しばらく歩いていた頃合だった。

「あれは……?」

光の少ない森の中、ふと、違和感を覚えて彼女は立ち止まる。暗い木陰に、どうにも他の場所と性質の違う闇があった。

目を凝らす。【それ】は、ゆらりゆらりと蠢いていた。まるで生き物のように、もぞりもぞりと形を変えながら、その存在を主張している。

(動物の影……なんてことは、ないわよね。あれも、魔物?)

例えるのなら、質量をもつ影そのもの。エレノアや木立の影とは明らかに異なる【それ】を目の前にして、彼女は考える。【それ】はじわりじわりと、こちらに近付いてきていた。

「……こんにちは。私、昨日からこの森に住むことになったんだけど」

一応、そう声をかけてみるものの、目の前の【それ】が反応を示すことはなく、何も変化はなかった。やはり言葉は通じなかったかと彼女は落胆する。もし通じたら、彼女の知りたいことについて聞いてみようかと思ったのだけど。

(言葉が通じないのなら、もう用はないのよね……。近付かれて、触られたりしたらまずいのかもわからないし、ひとまず迂回しようかしら)
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