黒き魔物にくちづけを
とにかく、もはやこの町にいてもどうにもならない。次の場所を探すしかない。エレノアは先ほど貰った日当を握りしめた。見つけるまでの間、飢えをしのぐだけの旅費は、まあ、ある。
そう決意して村の出口を見据えた時──エレノアの目の前を、十数名の町人達が通り過ぎた。
「ん……?」
厳しい表情を浮かべた町人たちは、物々しい雰囲気を醸し出しながら通りを横断していく。そのただならぬ様子に、エレノアは首を傾げた。
確か、彼らがやってきた方向には何もない、はず。
彼女は頭の中に村の地図を広げる。その方向にいく人なんて、普段は滅多にいなかったはずだ。店はおろか民家だってない。だからこそ、エレノア自身も寄り付かなかったのだし。
あの先はすぐに行き止まりになって、その向こうには森が広がるばかりだし、と考えて、彼女の疑問はさらに深まった。
その森──『黒の森』と呼ばれるそこは、恐ろしい魔物が住んでいるとされているから、寄り付く者はいない、はずなのに。
だいぶ前に聞いた話だから曖昧だけど、確か、大きな黒い翼をもつ、不吉な魔物がいると言う話。
大昔は天候不良やら水不足やらが起こる度に大量の若い娘──人柱というやつだ──を森に捧げていたらしい。今でもその影響で、年に一度、食べ物などの供物を捧げているとかいないとか。
そこまで思い出して、彼女は気付く。そうか、今日がその、年に一度の日か。
森の方から戻ってきた村人の険しい表情に納得する。今年は野菜の値段が上がるほど日照りが悪いから、魔物の機嫌をとろうと必死ということか。
村人の列が通り過ぎた後、彼女はこっそりとそちらを覗く。そびえ立つ森は確かに、恐れを抱かせるほどには、不気味だ。
「……」
彼女がそちらへ足を向けたのは、ほんの気まぐれだった。