黒き魔物にくちづけを
そうしているうちに、男達は逃げ出したらしい。決して逃がしたくて逃がしたわけではなかったのだけれど、あの男達に見られてしまうのはまずかったので、ひとまずほっとした。
そうして、一瞬でも後ろを気にしてしまった彼女は、自らに迫る翼に、気がつけなかった。
「──!!」
突然の横からの衝撃に、彼女は悲鳴すらあげられずに吹っ飛ぶ。一瞬視界が反転して、次の瞬間には少し離れたところの地面に打ち付けられていた。
続くであろう攻撃に、回避をとるべく体勢を立て直そうとしたのも束の間、それよりも遥かに動きの早い魔物は、彼女に狙いを定めて今にも飛びかかろうとしていた。
「……っ」
多少の痛みを覚悟して、彼女は強く目をつぶる。次の瞬間、大きな物音と共に衝撃が──走ることは、何故か、なかった。
「……?」
音は、した。とても近いところで。けれど、痛くない。──何かがおかしい。
彼女は恐る恐る目を開ける。そして、目の前の光景に息を呑んだ。
魔物が、倒れ伏していた。
「……ちょっと!大丈夫!?」
あんなに暴れているので気が付かなかったが、よく見ると彼の身体は傷だらけだった。翼も身体も、幾本もの矢が刺さり、あちこちの傷口から赤黒い血を吐き出していた。まだ目は爛々としているものの、もう限界で立ち上がることすらままならないといった様子だ。
彼女は地面に打ち付けられたことすら忘れて、魔物のすぐ傍に駆け寄る。彼女が近寄ると、魔物は興奮したように暴れようとするが、その拍子に矢が深く刺さって苦しげな呻き声をあげる。
「暴れないで。何もしないわ」
言葉はきっと通じない。そうわかっていても、彼女は魔物にそう語りかけた。