黒き魔物にくちづけを
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はっと、意識が覚醒した。
ばちりと目を開ける。閉じていた瞳に明かりが飛び込んできて、まばゆさに目を細めた。
(寝てた、のね……)
そこは屋敷の居間だった。目の前のソファの上には魔物が寝かされていて、その周りには救急箱やら包帯やら水の入った桶やらが散乱していた。少し離れたところでは暖炉がぱちぱちと音をたてている。
暖炉とランプのお陰で部屋は明るいが、時刻は真夜中だった。日暮れの時間に屋敷に帰ってからずっと、魔物の手当に奔走していたことを覚えている。
止血、消毒など応急処置は終えている。ただ、傷による発熱がひどかったため、夜通し張り付いておこうと部屋には戻らなかったのだ。どうやらそうしているうちに、一瞬突っ伏して眠ってしまったらしい。時間はそう経っていないはずだ。
魔物は眠っている。熱はおさまってないらしく、顔色はまだ悪かった。彼の額にのせた冷やしタオルはすっかり温くなっていて、取り替えるべく彼女は手を伸ばした。
替えのタオルをのせ、別の布で首元の汗を拭う。そうして苦しげな寝顔を見下ろしていると、ふと、夢の中で見た光景が脳裏によぎった。
「……【ラザレス】」
醒める間際、自分とよく似た少女が叫んだ名前を、呟く。誰かの名前だ。誰かの──あの黒い少年、の。
「うっ……」
すると、まるで返事をするかのようなタイミングで魔物が呻いた。エレノアが彼の顔を覗き込むと、次の瞬間、銀色の瞳がゆっくりと開かれた。
「……ここ、は……」
どうやら目を覚ましたらしい。彼は瞳だけを動かして、まだ混乱している様子で口を開いた。
「屋敷よ。戻ってきたの。覚えている?あなた、森で人間に襲われたの」
エレノアは落ち着いて答えた。魔物は目の前にある彼女の顔を数秒見つめて、それからゆっくり目を伏せて、頷いた。
「……ああ」
その反応はちゃんと【彼】のもので、目を覚まして噛みつかれたらどうしようかと思っていた彼女はほっと息をついた。
どうやら闘いになったのだという記憶はあるらしい。混乱している様子は見受けられなかった。