黒き魔物にくちづけを
「気分はどう?水飲む?」
「普通だ。……飲む」
「わかったわ」
熱のせいか、魔物は普段以上に口数が少なくなっていた。普通だと言っているが調子は良くないはずと考えながら、エレノアは水差しからグラスに水を注いだ。
「大丈夫?起き上がれそう?」
「ああ。……っ」
普段のように起き上がろうとして、傷口に響いたようで魔物は顔をしかめる。エレノアは慌てて手を貸して、彼をゆっくりと起き上がらせた。
体勢が安定したのを確認して水差しを渡していると、遠くからバサバサと騒がしい羽音が響く。
「かしら、オキタ?オオカミ、きた!」
だみ声を響かせて、ビルドが部屋に飛び込んでくる。カラスには万が一人間が戻ってきた時に備えて、外の見張りに行ってもらっていたのだ。そのビルドの言葉に、魔物は顔を上げた。
「……行く」
「えっ、でもまだ、起きたばかりじゃない」
「大丈夫だ」
目覚めたばかりの魔物にそれは難しいのではと慌ててエレノアは止めるのだが、魔物は言い切って立ち上がろうとする。けれど次の瞬間にはぐらりとよろめいたので、慌てて男の右腕を自分の肩にまわし、支えるようにして立ち上がった。
「……すまない」
さすがに一人で立つのは厳しかったらしく、魔物は大人しく介助されている。素直に言われた礼の言葉に、彼女はつんとそっぽを向いた。
「そう思うなら大人しく寝てなさい」
「……これが終わったらそうする」
気まずそうに言う魔物に、彼女は仕方ないわねと小さく息をつく。そして、肩を支えたままゆっくりと歩き始めた。
彼は右脚に三つほど大きな怪我を負っていた。やはり歩きにくいようで、エレノアの支えを借りてようやく進んでいるといった様子である。