黒き魔物にくちづけを
「……これが、供物」
向かった先、行き止まりになった場所には、数台のリヤカーが止められていた。
その上にはこれでもかと言うほどの、食料やら金品やらがのせられている。このそう裕福でもない町で、この量をどこからかき集めたのかを問いたくなるほどの量だ。
虫の餌食になってしまっている生肉は、まあ、わかる。魔物がどのようなものかわからないけれども、確かに食べそうだし。けれど不気味な金の像はどうなんだろう。これは、魔物が貰っても喜ぶのだろうか。
「同じ恐れるんだったら、私にだって供物をくれたって良いじゃない」
ありすぎるくらいの供物の量に、思わずエレノアの口からはそんな不平がもれる。畏怖の対象であるという点は同じであるはずなのに、その扱いは対照的だ。──どちらも恐れられての行動だということだけは同じだけれど。
そもそも、だ。魔物だって彼女自身だって、不吉を呼ぶ不吉を呼ぶと言われているものの、彼らが明確に町に害をなすような何かを行ったことは一度たりともない。それなのに、町の者は勝手に彼らを恐れ、時に迫害し、時に供物を差し出す。
ここの人は、いつだって何かに怯えている。彼女はそんなことを思って、小さく溜息をついた。
疑問は解決した。じきに村人だって戻って来るだろうから、その前にここから去った方がいい。黒い瞳をもつ自分が黒の森にいたなんて知れたら、なんて言われるかわかったもんじゃない。──まあ、もう出ていくから関係ないか。
けれど用が無いことには変わりない、と、踵を返そうとした時だった。
「……っ……」
どこかから──近くから、聞こえてきた押し殺した声。
それも、泣いているような。