黒き魔物にくちづけを
エレノアが考えたところで、魔物はするすると人間の姿に戻っていく。四本足では立てても、今の彼が二本足で自立することは難しい。男が大きくよろめいて地面に激突する前に、エレノアは駆け寄ってその身体を支えた。
「……すまない」
「怪我人なんだから一々謝らなくても良いわよ。お礼なら治ってから受け取るわ」
聞くのは何度目かになる謝罪の言葉に、彼女はそう返す。けれど魔物は、少し気まずそうに首を振った。
「それだけじゃなくて、その……お前にも、危害を加えた」
魔物が言っているのは、様子がおかしかった彼が最後にエレノアを翼で突き飛ばしたことだろう。てっきり、様子がおかしくなって暴れている時の記憶はないものだと思っていたので、彼女は目を丸くする。
「覚えているの?」
「ああ。何をしたのかは、思い出せる。あの時は、闘っているうちに理性が飛んでいたから、お前を殺す気で、襲いかかっていた。……すまなかった。怪我は、ないか」
やはり、と、魔物の話を聞きながら彼女は思う。あの時の魔物はどう見てもおかしかった。
魔物は申し訳なさそうにエレノアに尋ねる。彼女は小さく首を振った。
「ちょっと擦りむいたけど、それだけよ」
無傷だ、と言えるほどでは無かったので、誤魔化すことなく正直に伝えた。魔物が複雑そうな表情を浮かべたので、すぐにエレノアは首を横に振って付け足した。
「大したことないわよ。あなたに茂みに押し込まれなかったらあの人間達に何をされてたかわからないし、擦り傷一つで済んだのはあなたのおかげなのよ?」
自分の方が大怪我してるのに何言ってるのよ、と笑ってみせたのだが、それでも彼は納得がいかないような表情を浮かべている。