黒き魔物にくちづけを
(ああ、やっぱりそうなんだわ)
予感が、確信に変わった。あっさりと罠にかかってくれた魔物の姿に、エレノアは緩みそうになる口元を必死で抑えながら、続けた。
「……あなたは、私が失くした私の過去について知っている。そうよね?」
質問ではなく、断定の形で告げられた言葉に、魔物は目を丸くした。彼女の言葉の中に確信を感じ取ったのだろうか、その言葉を告げながら、魔物の瞳は動揺したように動いていた。
「……それについては答えないと、はじめに言ったはずだ」
数秒の間の後、硬い声で魔物が言う。けれど、その程度で引くエレノアではなかった。
「知っているはずよ。だってあなたは、【ラザレス】なのでしょう?」
「……!」
ゆっくりと、確かめるように呼んだ名前に、魔物ははっと目を見開く。──彼は気がついたらしい。自分が、彼女の前で名乗ってはいない、ということに。
「小さい頃の、夢を見たの」
目を見開いたままの魔物に、エレノアはゆっくりと告げる。
「そこで、あなたに似た少年のことを、私に似た女の子がそう呼んでた。……私の夢に偶然出てきた、偶然あなたに似ている人が、偶然あなたと同じ名前だなんて、出来すぎていると思わない?」
「……」
魔物は何も答えない。つい名前に反応してしまった自分の迂闊さを悔いているのだろうか、複雑な表情を浮かべて黙り込んでいた。
「あの夢は、私が忘れている記憶の一部で、あなたは昔の私と出会っていると考えた方が、自然じゃないかしら?」
「…………」
彼はだんまりを決め込んでいる。どうやら意地でも答えないつもりらしい。それでも構わないと、エレノアは微笑んだ。