黒き魔物にくちづけを
第三章
◇不穏なる平穏
夢を、見ていた。
目の前で何人かの子供が楽しそうに駆け回っていて、その中には自分によく似た黒い瞳の子供もいるという、見慣れた夢だった。
(……良かった、今日は笑っているのね)
夢の中で大声で笑っている少女を見ながら、エレノアは思った。いつか見た、この少女が泣き喚く夢──何かに怯えた様子で嫌だと叫んでいる夢を何度か続けて見ていたのだが、あれはどうにも心がざわついて、なるべく見たくない夢だったのだ。
もちろんこの夢だって、好きだとはとても言い難い。それでも、あれを見るよりは多少ましだったから。
少女達は何がそんなに面白いのだろうか、走ったりまわったりしながら終始笑っている。退屈な夢だけれど仕方ないと諦めて、彼女は傍観を決めた。
と──、不意に、黒目の少女が足を止め、遠くを眺めるように視線をどこかへと向けた。
「……ラザレス」
紡がれたのは、【誰か】の名前。
「どうしたの?だれか、探しているの?」
近くにいた女の子が、足を止めた少女を見て不思議そうに尋ねる。少女はゆっくりと首を横に振った。
「……ううん、ちょっと、思い出して」
「ふうん?お友達?お山にいるの?」
友人らしき子供は不思議そうな顔をして、少女と少女の見つめる先を交互に見ている。
少女は曖昧な表情を浮かべて、答えた。
「そんなかんじ、かなあ?……もう一回、会いたいなあって」
そう語る少女の横顔はとても柔らかい。"会いたい"という言葉が、本心からのものであると雄弁に伝わってくる。
「……会いたいなあ、ラザレス」
ぽつりと、呟くように少女が言う。囁くような大きさだったはずなのに、それは傍観していたエレノアの耳に、いやに大きく響いた。
場面は、そこで暗転した。