黒き魔物にくちづけを
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朝の森は、空気が澄んでいて心地が良い。
エレノアは大きく伸びをしながら、森の奥へと足を進めた。最近では大分歩き慣れてきていて、その足取りは危なげないものだ。
魔物が怪我を負った日から、少し時間が経っていた。食料の調達などのために一人で森へ行かなければならない機会も多く、適応能力の高い彼女はあっという間に慣れたのだった。
(昨日の夜、少し雨が降っていたからかしら。朝露がすごく綺麗)
木漏れ日を受けてきらめく滴を眺めながら、彼女はそんな感想を抱く。はじめの頃、暗くてどこかよそよそしく感じた森は、すっかり彼女にとって身近な場所へと変わっていた。それは彼女が森へ慣れたのか、それとも森が、彼女に慣れたのか。
特に彼女は、朝のまださえざえとした澄んだ空気をとても気に入って、朝食の調達がてら散歩へ行くのはもう何度目かのことだった。
不意に、ピー、ピー、という声が聞こえてきて、彼女は視線を落とした。
「ああ、おはよう」
エレノアの視線の先、樹木の影から顔を覗かせていたのは、人間と同じような、けれど人と比べると小柄すぎる身体に、大きな耳が特徴的な、エルフと呼ばれる魔物だった。
彼女が森へ足を運ぶようになって、魔物に会うことも多くなった。このエルフもはじめは警戒心が強く姿を現さなかったのだが、偶然木の枝に引っかかって降りられなくなっているエルフを助けたことがきっかけで、こうして毎日挨拶をするくらいに打ち解けたのだ。
ピー、ピーと鳴きながら、何匹かのエルフたちはエレノアに何かを差し出してくる。それらは果物や草などで、いずれも毒がなく食べやすいものだった。
エルフたちは森の草木についてよく知っている。特に味が良いものに詳しくて、何でも食べるビルドや無味でも気にしない味音痴のラザレスと違って、エレノアが頼りとする食材博士だった。