幼なじみクライシス
あれから1週間が経った。
大学は高校とは敷地も人の数も桁違いで、毎日通っているにも関わらず千尋を見ることはなかった。
当然連絡もない。
会ったところでどの面下げてって話だが、学科が違っても食堂なりお互いの家なりで2日に1度は会って会話していたことを考えると、おれのサイクルを知っている千尋がおれを避けているのは間違いない。
そもそも今まで1週間以上千尋に会わなかったことがあっただろうか。
いつも千尋が側に居ることが当たり前で、それがおれにとっての日常だったのに。
それを壊したのはおれ自身だ。
千尋の気持ちが佐藤にあって、おれのものにならなくても、せめて、幼なじみとしては側にいられたのに。
「おい川口、川口っ」
「え?」
気付くと正面に座っている北村が怪訝な顔でおれを見ていた。
「なに」
「何じゃねーよ、お前それ食うのかよ」
北村の視線に釣られて手元を見るとカツカレーがソース一色に染まっていた。
「お前こないだからおかしくない?」
お前に気付かれる時点で相当なんだろうな。
「つーか金曜いつの間にか2人で消えてったけどあのお姉さんとどうなったんだよっ」
「…なんもねえよ」
「んなわけあるか!お前1人良い思いしやがってちょっとは話したっていいだろ」
「別になにも」
「川口くん」
会話を遮るように現れたのは、今最も見たくない顔だった。
「ちょっといいか」と勝手に声だけかけて食堂を出ていった佐藤はこの間の一見柔らかい印象を取り去っていて、無表情から滲む怒りを隠しきれない様子だった。
1人動転している北村を残して付いていくと向かったのは図書館裏のあの場所。
「彼女に何をした」
単刀直入に佐藤は言う。
おれを見る目に怒りを隠すことなく投げつけてくる。
「…お前には関係ない」
千尋と出会って間もないお前なんかに、おれと千尋の間のことは何一つだって教えてやらない。
「彼女はもう3日大学には来ていない。心配じゃないとでも言うのか」
大学に来てない?千尋が3日も休むなんて過去にもほとんどない。
おれは、それほどまでに千尋を傷つけたのか。
「その顔、心当たりはあるんだろ。当然だよな、お前の写真を見て泣いて飛び出してったんだから」
写真?
どういうことだ。そもそも3日休んだってことは週明けは来ていたということ。
それがどうして急に。
「火曜に、彼女はきみを撮った写真を現像していた。気になって僕もPCルームへ向かったら、突然彼女が出てきてぶつかったんだ。たくさん写真を抱えていて、泣いていた」
そこまで言って佐藤はポケットから1枚写真を取り出し、おれに手渡した。
「彼女が落としていった。彼女の眼にはきみがこう写っているらしい」
渡されたその写真には、自分では見たこともない柔らかい表情をしたおれが写っていた。
おれは千尋の前でこんな顔をしていたのか。
「追いかけたかったけど、そんな写真を見てしまったらね…だから」
不意に佐藤が至近距離まで詰める。胸倉を掴まれて覗き込む瞳に息を飲んだ。
「こんなことを言うのは不本意極まりないが…僕では彼女を慰めることはできないんだ」
力を入れすぎて小刻みに震える手を離して佐藤は去っていく。
あいつにこれだけ言われるまで気付かないなんてどれだけ情けないんだおれは。
地元を離れて追いかけるようにここまできて。
それでも今までのようになんとなく変わることのない「幼なじみ」という関係に甘えようとして。
千尋との関係を変える勇気のないまま、結局傷つけるだけ傷つけて。
もしかしたら、おれ以上に千尋に相応しいのかもしれない奴にあれだけ言わせて。
いつまで逃げて目を逸らす気だ。
おれはまだ、千尋に何一つ伝えてないじゃねえか。
大学は高校とは敷地も人の数も桁違いで、毎日通っているにも関わらず千尋を見ることはなかった。
当然連絡もない。
会ったところでどの面下げてって話だが、学科が違っても食堂なりお互いの家なりで2日に1度は会って会話していたことを考えると、おれのサイクルを知っている千尋がおれを避けているのは間違いない。
そもそも今まで1週間以上千尋に会わなかったことがあっただろうか。
いつも千尋が側に居ることが当たり前で、それがおれにとっての日常だったのに。
それを壊したのはおれ自身だ。
千尋の気持ちが佐藤にあって、おれのものにならなくても、せめて、幼なじみとしては側にいられたのに。
「おい川口、川口っ」
「え?」
気付くと正面に座っている北村が怪訝な顔でおれを見ていた。
「なに」
「何じゃねーよ、お前それ食うのかよ」
北村の視線に釣られて手元を見るとカツカレーがソース一色に染まっていた。
「お前こないだからおかしくない?」
お前に気付かれる時点で相当なんだろうな。
「つーか金曜いつの間にか2人で消えてったけどあのお姉さんとどうなったんだよっ」
「…なんもねえよ」
「んなわけあるか!お前1人良い思いしやがってちょっとは話したっていいだろ」
「別になにも」
「川口くん」
会話を遮るように現れたのは、今最も見たくない顔だった。
「ちょっといいか」と勝手に声だけかけて食堂を出ていった佐藤はこの間の一見柔らかい印象を取り去っていて、無表情から滲む怒りを隠しきれない様子だった。
1人動転している北村を残して付いていくと向かったのは図書館裏のあの場所。
「彼女に何をした」
単刀直入に佐藤は言う。
おれを見る目に怒りを隠すことなく投げつけてくる。
「…お前には関係ない」
千尋と出会って間もないお前なんかに、おれと千尋の間のことは何一つだって教えてやらない。
「彼女はもう3日大学には来ていない。心配じゃないとでも言うのか」
大学に来てない?千尋が3日も休むなんて過去にもほとんどない。
おれは、それほどまでに千尋を傷つけたのか。
「その顔、心当たりはあるんだろ。当然だよな、お前の写真を見て泣いて飛び出してったんだから」
写真?
どういうことだ。そもそも3日休んだってことは週明けは来ていたということ。
それがどうして急に。
「火曜に、彼女はきみを撮った写真を現像していた。気になって僕もPCルームへ向かったら、突然彼女が出てきてぶつかったんだ。たくさん写真を抱えていて、泣いていた」
そこまで言って佐藤はポケットから1枚写真を取り出し、おれに手渡した。
「彼女が落としていった。彼女の眼にはきみがこう写っているらしい」
渡されたその写真には、自分では見たこともない柔らかい表情をしたおれが写っていた。
おれは千尋の前でこんな顔をしていたのか。
「追いかけたかったけど、そんな写真を見てしまったらね…だから」
不意に佐藤が至近距離まで詰める。胸倉を掴まれて覗き込む瞳に息を飲んだ。
「こんなことを言うのは不本意極まりないが…僕では彼女を慰めることはできないんだ」
力を入れすぎて小刻みに震える手を離して佐藤は去っていく。
あいつにこれだけ言われるまで気付かないなんてどれだけ情けないんだおれは。
地元を離れて追いかけるようにここまできて。
それでも今までのようになんとなく変わることのない「幼なじみ」という関係に甘えようとして。
千尋との関係を変える勇気のないまま、結局傷つけるだけ傷つけて。
もしかしたら、おれ以上に千尋に相応しいのかもしれない奴にあれだけ言わせて。
いつまで逃げて目を逸らす気だ。
おれはまだ、千尋に何一つ伝えてないじゃねえか。