次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「そんな顔したディル、初めて見たわ」
「お前にしか見せないよ。‥‥もういいから、黙ってろ」

夢を見ているとしか思えない。心も体もふわふわとして、まるで雲の上にいるようだ。自分が自分でなくなっていく感覚を味わったのは初めてだし、ディルもプリシラのよく知る彼とは別人のように思えた。
「ーーシラ、プリシラ」
熱にうかされたように、ディルは何度も何度もプリシラを呼び求める。その少し掠れた声はまるで麻薬のように、プリシラから理性と羞恥心を奪っていく。
優しい指先は、こちらが気づかぬうちに体をほどいていく。
情熱的な眼差しと甘い唇に心が満たされ、もうなにも考えることなどできなくなった。彼の声しか聞こえないし、瞳には彼しか映らない。プリシラのすべてがディルを感じるためだけに存在していた。

世界から隔絶されてしまったような、二人だけの静かで濃密な時間ーー。
「このまま、この瞬間に閉じ込められてしまいたい」
それが叶わないことを知りながら、プリシラは微笑んだ。隣に横たわるディルもまた、優しい笑みを返した。
「プリシラが望むなら、それもいいな。死ぬまでここで暮らそうか」
「門番兵と管理人の老爺には口止め料を払って、出て行ってもらう?料理は私が担当するから、ディルは山に入って食材を探してきてね」
「料理は俺の方がいいだろ。山に入るのも俺だな。プリシラは‥‥ここでの暮らしではあんまり役に立ちそうもないな」
「え〜そんなことないわよ!王宮育ちのディルよりは、絶対役に立つはずよ」
他愛ない冗談に本気で怒り出すプリシラに、ディルはたまらず噴きだした。
「あっ。なんで笑うのよ?こう見えても、本当に色々できるんだからーー」
ディルはプリシラの白い肩を引き寄せると、華奢な体をきつく抱きしめながらささやいた。
「なにもしなくていいんだ。義務だの責任だの、面倒なことはなにも考えなくていい。俺だけを見て、俺のことだけ考えて、俺だけに笑って‥‥」
「ディル?」
「本気だって言ったら、承諾してくれるか?」
そう言って、ディルは苦しげに唇の端だけを少し上げた。
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