次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「‥‥そうね。返事は‥‥」
プリシラもまた、ディルと同じ苦しげな表情で彼を見た。
『一緒に、逃げて』
そう言えたら、どんなにいいだろうか。永遠にこの胸の中にいられるのなら、他にはなにも要らないのに‥‥。

先に目を逸らしたのはディルの方だった。
「いいよ。聞かなくてもわかるから。答えはNOだ。ーーお前が俺だけを見て生きていけるような従順な女なら、こんなに惚れてない」
「ふふっ。買いかぶりすぎよ。私、ディルが思ってるほど強くも賢くもないわ。YESって言おうとしてたもの。あなたのためだけに生きる従順な女になりたかった」
「どうだか」
ディルは拗ねた顔で、ふんと鼻を鳴らした。そんな彼を見ていると、やっぱりYESだと言いたくなってしまうから困ったものだ。
プリシラは自分の甘さを振り払うべく、ディルの腕をとき、ベッドから降りた。なにも身につけていない素肌に空気はひやりと冷たかった。もうディルの温もりを恋しく思っている自分に、少し驚く。
プリシラはゆっくりと振り返って、ディルと視線を合わせた。
「残念ね。こんなふうに、ドレスも宝石も身につけず生まれたままの姿でいても‥‥やっぱり私はロベルト公爵家の娘で、王太子であるあなたの妻。その運命から逃げることは許されないみたいだわ」
そう言って、鮮やかに笑うプリシラの姿がディルには眩しかった。プリシラのこういうところに、ディルは狂おしいほど焦がれ続けていたのだ。
「仕方ないな。俺のためだけに生きる従順なお前は老後の楽しみに取っておくか」
「お互い、無事に老後を迎えられるかしらね?」
ディルは不敵な笑みを浮かべてみせる。
「なにがなんでも迎えてやるさ。王位は欲しい奴がいるならくれてやるが、お前だけは手離す気はない」

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