次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
二日ぶりに戻った王宮は、不穏な空気に包まれていた。みなが目立たぬよう息をひそめ、そのくせ耳はそばだてて情報を逃すまいとしている。誰が裏切るのか、誰につくべきか……ピリピリとした嫌な緊張感に満ちていた。

馬から降りたディルは予想以上に重くなっている自分の足をさすりながら、ふーと大きく息を吐いた。そして、自分よりよほど疲れているであろう愛馬サンの鼻先を撫でてやった。軍馬でもないのに、ずいぶんと無理をさせてしまった。
「すまん。ゆっくり休め……と言いたいところだが、またすぐ働いてもらうことになりそうだ」
近づいてきた人影を視界の端にとらえながら、サンに許しをこう。
「……ずいぶん遅いお帰りで。まぁ、リノ離宮でごゆっくりなさっていたのなら、おめでとうございますと言っておきましょうか」
ディルがごゆっくりしている間に、面倒事を一手に引き受けていたターナは当然、不満顔だ。
「俺としては、そのままずっとごゆっくりしときたかったんだがな」
愛妻はそれを許してはくれなかった。
「プリシラ様がそれを是としてしまう性格なら、あなたをリノ離宮にはやりませんでしたよ」
すべて想定内だというように、ターナはにやりと笑ってみせた。
「やっぱりお前は俺についてるには惜しい人材だな。この混乱に乗じて、クーデターでも起こしてみたらどうだ?」
「僕は参謀として力を発揮するタイプなんですよ。それより、くだらない冗談を言ってる暇はないですよ」
「わかってる。彼女は?」
「保護してます。すぐにお会いになりますか?」
「もちろんだ」
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