次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「そのために私ができることは、あなた達みんなにもっと高い給金を払えるようにすること。それから薬の値段を下げること。病人みんなが薬を買える世の中を作らないとね」
そこまでは毅然としていたプリシラが、ふいに悲しい目をして頭を下げた。
「ごめんなさい。わかって欲しいとは、とても言えないわ。私を憎んでいい。でも、私にはこのやり方しかないの」
貧しい平民も薬が買える時代が訪れるまで、果たして彼女の妹の命はもつだろうか。どんな理想があろうとも、プリシラがしていることは助かるかもしれない命を見捨てることに等しい。その事実は彼女の心に重くのしかかった。

その夜のこと。プリシラがあんまり思い悩んでいるので、みかねたリズが声をかけた。
「私はプリシラ様が正しかったと思いますよ」
「ありがとう、リズ。でも……正しいことがいつも正解とは限らないと思うの」
プリシラは大きなため息をついた。
(せめて薬だけでもこっそり渡せないかしら。ううん、それは宝石をあげてしまうのと同じだわ。でも……)
情けないけれど、自分の決断に自信が持てない。
優しさも正しさも、境界線なんてひどく曖昧なものだ。
「いいえ。今回は間違いなく正解ですよ。だって……彼女は妹なんていませんから」
「えっ?」
「他の清掃係の子に聞いてみたんですが、彼女はひとり娘で、平民ですが実家は裕福な果樹園だそうですよ」
※※※

「笑ったんです。あぁ、よかったって、本当にほっとしたように」
リズは少し呆れたような顔で笑った。
「あいつは、そうだろうな」
そのときのプリシラの顔も声も、ディルには容易に想像がつく。
「あの笑顔を見たときに、この方を王妃にしなくてはと思ったんです。何を犠牲にしても、そうすべきだって。亡くなった父の口癖だったんです。どんなときも、貴族の誇りだけは失うなと」
力強く輝くリズの瞳に、もう迷いはなかった。彼女は誇りを持って、仕えるべき主を選んだのだろう。

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