次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「ご無事ですか?フレッド殿下、プリシラ様!」
遅れて階段を駆け上がってきたターナが、南京錠を力づくで破壊しようと悪戦苦闘しはじめた。
「そう簡単には壊れませんよ。少なくとも、私が人質に短剣をつきつける時間は稼げるようにしていますから」
ナイードはプリシラの前にかがみこむと、言葉通り首筋に短剣をつきつけた。ひやりとした金属の感触に、プリシラの額から嫌な汗が流れた。
ディルはぴくりと眉根を寄せた。ほとんど変わらないように見えるが、これは彼が心底怒ったときの表情だ。
「無駄な抵抗だぞ。下はもう王都警備隊が包囲している。逃げ場はない」
ナイードはふんと鼻で笑うと、短剣を握る手にほんの少し力を加えた。ぷつっと皮膚が裂ける音がして、プリシラの白い首筋に鮮血が流れ落ちた。
「この娘の命が惜しければ、逃げ場を作っていただきましょうか」
ディルは軽蔑の眼差しとともに、吐き捨てるように叫んだ。
「このごに及んで、まだ命が惜しいか? いいだろう、助けてやる。なんなら逃亡費用もくれてやるから、さっさと失せろ」
「ちょと、殿下!大罪人を見逃がすなんて、勝手なこと言わないでください」
ターナが慌てて、ディルの口を塞ぎにかかる。
「こんな小物、生きてようが死んでようが、どっちでもいいだろうが」
「ダメよ、ディル!ナイードはフレッドの秘密を……」
プリシラが叫んだ。あの秘密を握ったまま、逃がすわけにはいかない。またミレイア王国によからぬ争いを起こしかねない。
「そうそう。賢くなったね、プリシラ。安心して我が国と可愛い弟を任せられるよ」
フレッドはにっこりと笑いながら、自身の手足を拘束する縄をするすると解いていく。
「なっ……」
驚きの表情を浮かべるナイードの前に、解き放たれたフレッドがつかつかと歩み寄る。
「ちょっとしたコツがあるんだよ。まぁ、もう知る必要もないさ。残念ながら、君は僕と心中する運命だからね」
「馬鹿っ!やめろ、フレッド!そこまでする必要は……」
ディルは鉄格子に手をかけ、フレッドをとめようと声を荒げた。だが、フレッドは穏やかな笑みを返すばかりだ。
「ディルならわかるだろう。火種とそれを利用しようとする者は消えた方がいい。祖父の処遇は君に任すよ」
フレッドはナイードからナイフを奪うと同時に、プリシラを突き飛ばし自分たちから遠ざけた。
ちょうど同じタイミングで、ターナが破壊した南京錠が派手な音をたてて床に転がった。ディルとターナが部屋に転がりこんでくる。
プリシラは目の前の光景を茫然と眺めていた。
もつれ合うナイードとフレッドの様子がまるでスローモーションのように再生される。恐怖にひきつるナイードの顔と、すべてをあきらめてしまったようにどこまでも穏やかなフレッド。
鈍く輝く銀色の切っ先が振り下ろされる。その先にあるのは、フレッドの頭だった。
「だめっ」
ついさきほど、誓ったばかりだ。フレッドもディルも必ず無事で連れて帰ると。プリシラは無我夢中で飛び出した。幸か不幸かフレッドと同じ柱に足を繋がれているため、二人との距離はそう離れてはいなかった。
プリシラを制止しようとしたディルの腕は、ほんのわずか届かなかった。
刃物が肉をえぐる嫌な音がする。
痛みは感じない。ただ、足元に鮮やかな赤色が広がっていくだけだ。これは自分の血ではない。
間に合わなかったのではない。逆にかばわれてしまったのだ。
__あぁ、怖いほどに美しい赤。これはフレッドの……?
その答えを知るより前に、プリシラは意識を手放してしまった。最後に聞こえたのはフレッドの優しい
声だった。
「大好きな君たちの幸せを願うよ」
遅れて階段を駆け上がってきたターナが、南京錠を力づくで破壊しようと悪戦苦闘しはじめた。
「そう簡単には壊れませんよ。少なくとも、私が人質に短剣をつきつける時間は稼げるようにしていますから」
ナイードはプリシラの前にかがみこむと、言葉通り首筋に短剣をつきつけた。ひやりとした金属の感触に、プリシラの額から嫌な汗が流れた。
ディルはぴくりと眉根を寄せた。ほとんど変わらないように見えるが、これは彼が心底怒ったときの表情だ。
「無駄な抵抗だぞ。下はもう王都警備隊が包囲している。逃げ場はない」
ナイードはふんと鼻で笑うと、短剣を握る手にほんの少し力を加えた。ぷつっと皮膚が裂ける音がして、プリシラの白い首筋に鮮血が流れ落ちた。
「この娘の命が惜しければ、逃げ場を作っていただきましょうか」
ディルは軽蔑の眼差しとともに、吐き捨てるように叫んだ。
「このごに及んで、まだ命が惜しいか? いいだろう、助けてやる。なんなら逃亡費用もくれてやるから、さっさと失せろ」
「ちょと、殿下!大罪人を見逃がすなんて、勝手なこと言わないでください」
ターナが慌てて、ディルの口を塞ぎにかかる。
「こんな小物、生きてようが死んでようが、どっちでもいいだろうが」
「ダメよ、ディル!ナイードはフレッドの秘密を……」
プリシラが叫んだ。あの秘密を握ったまま、逃がすわけにはいかない。またミレイア王国によからぬ争いを起こしかねない。
「そうそう。賢くなったね、プリシラ。安心して我が国と可愛い弟を任せられるよ」
フレッドはにっこりと笑いながら、自身の手足を拘束する縄をするすると解いていく。
「なっ……」
驚きの表情を浮かべるナイードの前に、解き放たれたフレッドがつかつかと歩み寄る。
「ちょっとしたコツがあるんだよ。まぁ、もう知る必要もないさ。残念ながら、君は僕と心中する運命だからね」
「馬鹿っ!やめろ、フレッド!そこまでする必要は……」
ディルは鉄格子に手をかけ、フレッドをとめようと声を荒げた。だが、フレッドは穏やかな笑みを返すばかりだ。
「ディルならわかるだろう。火種とそれを利用しようとする者は消えた方がいい。祖父の処遇は君に任すよ」
フレッドはナイードからナイフを奪うと同時に、プリシラを突き飛ばし自分たちから遠ざけた。
ちょうど同じタイミングで、ターナが破壊した南京錠が派手な音をたてて床に転がった。ディルとターナが部屋に転がりこんでくる。
プリシラは目の前の光景を茫然と眺めていた。
もつれ合うナイードとフレッドの様子がまるでスローモーションのように再生される。恐怖にひきつるナイードの顔と、すべてをあきらめてしまったようにどこまでも穏やかなフレッド。
鈍く輝く銀色の切っ先が振り下ろされる。その先にあるのは、フレッドの頭だった。
「だめっ」
ついさきほど、誓ったばかりだ。フレッドもディルも必ず無事で連れて帰ると。プリシラは無我夢中で飛び出した。幸か不幸かフレッドと同じ柱に足を繋がれているため、二人との距離はそう離れてはいなかった。
プリシラを制止しようとしたディルの腕は、ほんのわずか届かなかった。
刃物が肉をえぐる嫌な音がする。
痛みは感じない。ただ、足元に鮮やかな赤色が広がっていくだけだ。これは自分の血ではない。
間に合わなかったのではない。逆にかばわれてしまったのだ。
__あぁ、怖いほどに美しい赤。これはフレッドの……?
その答えを知るより前に、プリシラは意識を手放してしまった。最後に聞こえたのはフレッドの優しい
声だった。
「大好きな君たちの幸せを願うよ」