次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「それから、ディル。お前も私の息子だ。だが、私はどうもお前が苦手でな。正直に言えば、いまも落ち着かない気分だ。ーーなぜかわかるか?」
「知るかよ」
悪態をつくディルを見て、陛下はふっと微笑んだ。ディルもプリシラも初めて目にする優しい表情だった。
「お前は私に似すぎているんだ。国王なんて面倒な仕事は、おそらくお前には合わないだろう。自由の身でいる方がお前らしいが……私と同じく、それは叶わない運命のようだな」
「そうかもな。俺も国王なんて心底面倒だと思うが、なぜかこの国は嫌いになれない。あんたと一緒でな」
「そうか。それなら、よかった……」
陛下は穏やかな口調で言って、静かに瞳を閉じた。そして、それが陛下の残した最期の言葉となった。


この日、プリシラは許可をもらって久しぶりに実家を訪れていた。両親だけでなく、ローザもアナも屋敷の使用人たちも、プリシラをあたたかく迎えてくれた。
「ん〜!やっぱりお母様のつくるシチューは絶品ね」
テーブルに並びきらないほどたくさんの手料理に、プリシラは片っぱしから手をつけた。母親とローザがプリシラの好物ばかりを用意してくれたのだ。
「そういえば、聞いたわよ。アナってば、縁談のお相手とうまくいきそうなんだって?」
プリシラがちらりとアナを見ると、彼女は口に手をあてて、にんまりと笑った。
「うふふ。そうなんですよ。ディル殿下のような……とまでは言えないですけど、なかなかのハンサムで一目惚れしちゃったんです」
「まったく、この娘は。浮かれてる暇があるなら、花嫁修行のひとつでもしなさいな。でないと、すぐに愛想をつかされますよ」
ローザのお説教口調にアナはうんざりといいたげな顔だ。
「もう、縁起でもないこと言わないでよね!」
母娘喧嘩がはじまってしまいそうな気配を察して、プリシラはあわてて止めに入った。
「まぁまぁ。素敵なお相手が見つかって、おめでたいことじゃないの。幸せになってね、アナ」
「はい!もちろん、そのつもりです」
彼女らしい返事に、みなが笑う。

「ほらほら。せっかくの楽しいお席なんですから、あなたもいつまでも暗い顔してないでくださいな」
疲れ切ってすっかり覇気を失った夫に公爵夫人はそう声をかけた。プリシラも同意する。
「そうよ。今日はお父様がようやく開放されたお祝いでもあるのだから。ね、もう元気を出して」
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