次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
澄み渡る高い空、心地良く吹き抜ける風。王都シアンは新国王の即位に沸き立っていた。

「さぁ、いよいよ今日は戴冠式だわ。もう気軽にディルなんて呼べなくなるわね」
プリシラは隣に立つディルを見つめた。まばゆいほどの黄金と宝石を惜しみなく使用した豪華な衣装をさらりと着こなす彼には、すでに国王の風格が漂っている。
気高く、凛々しく、美しかった。
プリシラはそんな彼を誇らしく思うのと同時に、
ほんの少しだけ寂しさを感じてしまう。なんだかディルが手の届かない存在になってしまうような気がしたのだ。

(馬鹿ね。私ってば、おめでたい日になにを考えてるのかしら)

「プリシラ」
「えっ……」
ディルはプリシラの名を呼ぶと、ぐいっと肩を引き寄せ、なかば強引に唇を奪った。
「ま、待って」
「黙ってろ」
「んっ」
深く、深く、どこまでも甘く、溶け合うようなキスだった。頭の芯が痺れて、もやがかかっていく。
「や、だめ……」
プリシラの抗議の声などまるで聞こえていないかのように、ディルはいつまでも唇を開放してはくれない。さらに彼の右手がプリシラのドレスの胸元のボタンに伸びてきて……。
「ディル、いい加減にしなさい!こんな時になに考えてるの」
プリシラがディルの右手を振り払い叫ぶと、ディルは心底嬉しそうに笑った。
「ははっ。うん、それでいい。ーーお前の前ではディルで、ただのひとりの男でいたい」
「え?もしかして、わざと?」
プリシラの寂しさを感じとってくれたのだろうか。が、ディルはにやりと笑ってプリシラの頬を撫でた。
「いや。ドレス姿にそそられただけだ。……この姿をあんまり他の男には見られたくないな。着替えてきたら、どうだ?」
「えぇ?今日の主役はディルだから、私は控えめにしたつもりだけど」
プリシラの今日のドレスはとてもシンプルなものだ。純白のシルク地で、ロングスリーブにハイネック。装飾は胸元のくるみボタンだけだ。どちらかと言えば修道女の衣服に近く、どう考えても男心をくすぐるようなデザインではない。
「隠されると、かえって想像をかきたてられるんだよなぁ」
「じゃあ、もっと肩や胸元が出るドレスにしたらいい?」
「それは絶対だめだ」
「もう、どっちよ」
二人が終わらない掛け合いを続けていると、トントンと扉がノックされターナが顔を出した。
「お楽しみ中にお邪魔して申し訳ございませんが、新国王陛下にお手紙が届いております」
ディルはターナに礼を言い、それを受け取った。
どこかの異国の絵が描かれたハガキのようだ。
「誰から?」
プリシラが聞くと、ディルは笑ってそれを投げてよこした。
「気ままに世界を放浪してる画家の息子からだ」
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