次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
ディナーの約束の時刻まであと少し。ディルの宮から迎えの者がそろそろ来るころだろう。
プリシラは立ち上がると、鏡の前でもう一度身だしなみをチェックする。
ドレスには皺ひとつない。サファイアの首飾りも、アンティークの金細工の髪留めも今夜のドレスにぴったりだ。

(って、こんな状況でも身だしなみを一番に考えるなんて‥‥私もどうかしてるわ)
プリシラは思わず苦笑する。美しくあること。それは貴族の女にとって、命の次に大事なことなのだ。
身内の訃報を受けて、すぐさま黒いドレス選びを始める母や叔母を、幼いころは『変なの』と思っていたはずなのに‥‥。

(私もいつのまにか貴族社会に染まっているんだわ。大人になったと言えば、聞こえはいいけれど、これでいいのかしら?)

フレッドの失踪もディルとの結婚も、ちっとも納得なんてできていないのに‥‥鏡の前には上辺だけ取り繕って、そつなくやり過ごそうとしている大人な自分がいた。
(ロベルト公爵家の娘として、そうするのが正しいの? 夫が誰だろうが、王妃になることが一番重要なの? わからないわ)

ーーコンコン。
部屋の窓が小さく鳴った。迎えの人間が窓から入ってくるわけはないし、鳥かなにかだろうか。プリシラは窓へと目を向ける。

「ーーディル⁉︎」
窓の外にいたのはディルで、こちらに向かってひらひらと手を振っている。
プリシラはあわてて駆け寄り、窓を開ける。

「なんであなたが⁉︎ ミモザの宮に来てはいけないってあれほど‥‥」
「今日はお出迎えっていう立派な理由があるじゃないか」
















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